川奈まり子の実話系怪談コラム 事故物件スタジオ【第二夜】

川奈まり子氏による「実話系怪談」連載。

2014/11/05 17:00

しらべぇ1205川奈まり子

事故物件とは、不動産用語で正しくは心理的瑕疵(かし)物件といい、マンションやアパートの部屋、土地、家屋などの物件で、過去に自殺や殺人などの死亡事故があったものを指す。AV撮影中に怪異に見舞われ、後に撮影に使ったスタジオが事故物件だったとわかってしまったことがあった。

そうと知らずに買った人が後から「実は事故(殺人など)があった」と聞いて心証を悪くして売り主に対して裁判を起こすことがあるので、事故物件には告知義務が付いてくる。とはいうものの、告知しなければいけない期間や条件は不動産業者やオーナーの良心に任せられているのが現状だとか。つまり、事故物件を買ったり借りたりした者でも、それが事故物件だと知らされていない可能性があるということだ。

ましてやそこがハウススタジオで、撮影のためにレンタルするAV制作会社には、全然そういうことは知らされないものだと思われる。

2000年の春だった。当時AV女優だった私は、恋人で監督の溜池ゴローの『女教師』という作品に出演するため、東京都東村山市にある「松寿園」というスタジオへ行った。

このときの撮影が大変で、まず、スタジオに着くなり「このスタジオ、何だか怖いわ」「2階のトイレ、厭な感じがしない?」と怯えたようすを見せていたメイクさんが、突然急病で倒れてしまった。私たちの目の前で、急に床に転がって苦悶しだしたので大騒ぎとなり、すぐに救急車が呼ばれた。

次はワンカット目の撮影のとき。2階の廊下の突き当たりにある扉のついた半畳ほどのスペースに入ると、片隅に仏壇用の香呂が置かれ、線香を燃やした痕があった。イヤ―モニターを付けたスタッフが1人、私と一緒に入ってきて「厭な感じですね」と苦笑いした。

廊下の向い側の端にいる監督がスタッフのイヤーモニターに合図を送り、すると直ちにスタッフが私の肩を叩く。そうしたら、私が扉を開けて、颯爽と歩み出てカメラに収まる。そういう段取りになっていた。

扉を閉めると、狭いスペースは真っ暗になった。濃密な線香の匂いに包まれる。暗闇で衣ずれの音がした。スタッフが身じろぎしたに違いないと思ったが、どうしたことか、音とは反対の方向から手が伸びてきて、私の肩を叩いたのだった。

奇妙なことはそれだけではなかった。そのシーンの撮影の後、ADが1人、スタジオから失踪してしまったのだ。後日現れたが、姿をくらました後何をしていたのか、また何故いなくなったのか、要領を得た説明が出来なかったそうだ。

それから、スチールカメラが故障した。照明機材も壊れた。2階のトイレが怖いと言うスタッフが続出した――最初にそう言っていたメイクさんは病院で緊急手術を受けることになった。彼女に付き添っていったスタッフから経過報告があったのは夕方だった。その頃には、ほとんどのスタッフや出演者たちが、このスタジオは何かおかしいと言いだしていた。

そして最後に、私が、そこに居ないはずの老人に遭った

松寿園は鉄筋コンクリート3階建てで、病院のような建物の造りだった。各階とも、長い廊下を挟んで病室のような部屋がいくつか並んでおり、2階には車椅子用含め個室が幾つもある広いトイレがあった。メイクさんが倒れたメイクルームはこのトイレの真下。そして地下に使われていない厨房があった。

その厨房のそばには、比較的新しいユニットタイプのシャワールームが据え付けられていた。私は独りで地下へ行き、シャワーを浴びた。出てみると、シャワールームの前の厨房の真ん中に、人がこちらを向いて立っていたのだった。

男性の老人で、黒い猫を抱いていた。シャツ、ラクダ色のVネックセーター、灰色のズボンといった特徴の無い地味な服装。顔や佇まいから、70代か、あるいはそれ以上だと見当がついた。

私は、いぶかしみながらも「おつかれさまです」と挨拶した。老人は返事をしなかった。ぼんやりとこちらを見ているだけだ。 ヘンな人だと思い、上の階で監督たちに、これこれこういう人を見たがあれはスタジオの関係者だろうかと訊いた。違う、というのがその答えだった。

「スタジオさんはもっと若い男で1人しかいないし、今は用事で外に出ている」外部の人間がAVの撮影現場に立ち入れば、盗撮や流出の可能性も考えなくてはならない。すわ非常事態かと思われたが、急いで地下を見にいったスタッフは間もなく戻ってきて、拍子抜けした口調で誰もいなかったと言った。溜池監督は「じゃあ、きっと徘徊老人だろう」と言って笑った。

それから約1年経った。私は老人ホームを舞台にしたVシネマの台本を書こうとしていた。資料として保険会社が取りまとめた介護事故や老人ホーム等での事例集を入手し、見ていたところ、そこに見憶えのある名前を発見して息を呑んだ。

――1987年6月6日、東京都東村山市青葉町の特別養護老人ホーム「松寿園」で火災事故発生、死傷者計42人――

「松寿園」。そして東村山市。同じ名前のスタジオが同じ市内に? 偶然だろうか……。興味をそそられた私は、インターネットを使い「松寿園 火災 東村山 死者」といったキーワードで検索した。すると、たちまち、介護士のブログや市議会議員のHP、東村山市議会の議事録など、複数のウェブページがヒットした。

曰く、「2階リネン室付近から出火、耐火3階建ての同園の2階450㎡を焼損し、死者17名(うち病院収容後死者5人)、負傷者25人を出す悲惨な火災となりました」――皆は2階が怖いと言っていた――「犠牲者の平均年齢は81歳」「東村山で昔、松寿園っていう老人ホームがあって、火事になって、車椅子や寝たきりの人が大勢亡くなった。火事のときは人の焼ける臭いがしたらしい」「2階のトイレで亡くなった方たちは、水を求めたのだろうね」――。

寒気を覚え、鳥肌を立てながら、調べるのを止められなかった。そしてついに、こういう2ちゃんねるのコメントを探しあてた。

「松寿園は火事の数年後にリフォームされてドラマとかのロケ現場として使われてました。何度かロビーには仕事で入った事がありますが、いい気分はしなかった」

というわけで、私は事故物件で幽霊に遭ってしまったようだとわかった。ちなみに、今はあの建物は取り壊され、跡地に集合住宅が建てられている。あのとき詳しく調べたから、何丁目の何番地かまで知っているが、現在そこに住んでいる人たちの気分を害したくないので、内緒にしておく。

(文/Sirabee編集部

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