「史上最強の男」モハメド・アリ、死去 偉大な足跡を振り返る


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画像はモハメド・アリ公式サイトのスクリーンショット

ボクシング史上最も偉大なチャンピオン、モハメド・アリが息を引き取った。

彼ほどのボクサーは、もはやこの先登場しないだろう。何しろアリはヘビー級戦線に革命を起こした上、「国家の理不尽」とも戦った人物。「俺は偉大だ」と公言して本当にそうだった人間は、人類史上彼しかいない。

最強の男が起こした数々の「奇跡」を、ここで振り返ってみよう。

 

■蝶のように舞い、鉢のように刺す

誕生日プレゼントの自転車を盗まれたことがきっかけでボクシングを始めたカシアス・クレイは、キャリア最初期から比類ない才能を発揮した。

当時のボクシングは、ストリートファイターが一攫千金を見込んで参戦する腕力一辺倒の舞台。だがクレイは堅実な中間層の出身で、しっかりとした栄養バランスの食事を取ることができた。これが厳しいトレーニングを積む上で、非常に大きなアドバンテージになったのだ。

クレイはアマチュア時代に、ローマオリンピックで金メダルを取るなどの大活躍を見せる。そしてプロに転向すると、ヘビー級とは思えない俊敏性を武器に名だたる怪獣たちを次々とマットに沈めていく。それまでのヘビー級選手はパワーを生かしたインファイトが主流だった。だがクレイは相手の射程外から信じられないスピードで踏み込み的確なパンチを打ち出す。

モハメド・アリ1

Photo by Cliff on Flickr

その真価が最も光り輝いた試合が、1964年2月25日のソニー・リストンとのタイトルマッチだ。リストンは213センチのリーチを誇る世界チャンピオンで、下馬評では「リストン絶対優勢」と見られていた。

ところがいざ蓋を開けてみると、リストンはクレイのフットワークの前に何もできず、6ラウンド終了後に試合を放棄。世界はこの試合に戦慄した。

 

■俺はベトナムになんか行かねぇ!

だが、その後のクレイは不遇の時代を迎る。イスラム教への改宗と「モハメド・アリ」と改名したことで、アメリカの支配層である白人社会は彼を糾弾するようになったのだ。

そして、ベトナム戦争が彼の人生を大きく変えた。カシアス・クレイ改めモハメド・アリは、取材陣の前でこう言い放つ。

「俺はベトコンに用はない。人殺しなんざごめんだ」

 

彼の自宅にもアメリカ軍からの徴兵令状が来ていたが、アリはそれを破り捨てる。軍高官が直接説得に当たったが、アリはシャドーボクシングを見せるなどの反抗的態度に出て、ついに入隊しなかった。

国家はアリを許さなかった。彼が命がけで手にした金メダルとチャンピオンベルトを剥奪したのだ。

 

■茨の道を選んだ男

もしアリが軍に入っていたら、どうなっただろうか?

ボクシングの世界チャンピオン、オリンピック金メダリストを一兵卒として最前線に送るということはまずあり得ない。軍はアリを広告塔にしただろう。新兵訓練もそこそこに、タイあたりで軍が手配した二流ボクサーと試合をし、当然の勝利を収めたら勲章をもらう…。

モハメド・アリ2

画像出典:Wikipedia

だがアリは「国家のペット」になる生温い人生を選ぶ男ではなかった。

ベトナムでアメリカ軍が苦戦し、国内で反戦運動が起こるようになると、急き立てられるかのようにアリのプロ復帰を許した。しかしこの時のアリは、すでに全盛期を過ぎていた。ソニー・リストンを倒した時のフットワークは衰え、ジョー・フレイジャー、ケン・ノートンなどに勝ち星を許してしまう。

そして1974年10月30日、ザイール共和国(当時)の首都キンシャサで、アリは最強の敵ジョージ・フォアマンと戦うことになる。フォアマンは圧倒的な圧力でフレイジャー、ノートンなどの実力者を倒した男。今のアリに、彼の圧力を回避できる術はないと見られていた。

だがアリは、自らロープに寄りかかるという戦法で迎え撃つ。一見、自ら不利な状況を作っているかのようだが、これはパンチを空振りさせる唯一の手段だった。

フォアマンは、8ラウンドでスタミナを使い果たしてしまう。その瞬間を見逃さず、10年前のリストン戦に勝るとも劣らないコンビネーションを発揮して、ついにフォアマンをKOしたのだ。

のちにこの試合は「キンシャサの奇跡」と呼ばれることになる。

 

■最強の男のシルエット

モハメド・アリは一介のボクサーではない。もはやボクシングの枠を超え、アメリカ史に欠かせない人物だ。

アリの人生は、勇気と拳だけで闘い抜いた男のサクセスストーリーそのものである。アリは格闘技が「平和と和解をもたらすスポーツ」であることを証明してみせたのだ。

偉大な戦士のシルエットは、決して死ぬことはない。

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(取材・文/しらべぇ編集部・澤田真一