【川奈まり子の実話系怪談コラム】連れて逝く人【第七夜】

2015/01/21 17:00

しらべぇ0117川奈まり子1

もしかすると、誰しも死んだら黄泉の国から現世にちょっと戻って、好きな誰かを道連れにすることができるんじゃないかという気がしている。

今から23年前、神奈川県某駅前のショッピングモールでの出来事だ。

年の瀬の午後、洋菓子店や和菓子店などが10店舗ほど集められたフロアの一角でいつものようにショーケースを磨いていると、ガラスに人影が映った。客が来たかと思い慌てて振り向いたところ、2つ隣の店の鈴木さんで、私と目を合わせることなく、急ぐようすで自分の店の方に行ってしまった。

店の制服とエプロンを着け、髪をきちんと束ねた後ろ姿が、昼夜の別なく明るいショッピングモールの通路を去っていく。BGMはお正月の歌。「お正月には凧あげて……」

――と、鈴木さんが行った方から小さな悲鳴があがった。

それで、私はようやっと、鈴木さんは3日前に亡くなり、今日が葬儀の日だということを思い出した。

悲鳴をあげたのは、顔見知りの女性販売員だった。彼女も鈴木さんが亡くなったことを知っていた。

鈴木さんは、食料品や贈答品の店が集まるこのフロアの販売員に多い子育て中の主婦であり、ベテランだったから、たいへん顔が広かった。

そのため、正式に知らせが回ったわけでも葬式に呼ばれるわけでもない他の店舗の販売員までもが、鈴木さんの突然の死について、亡くなった翌朝には耳にすることになったのだ

――つまり、ようするに彼女の死は「噂」として広まったということで、たとえば私は、勤めていたケーキ屋の店長から聞いた。そして、聞いたことを、すぐに同じ店のアルバイトの子や隣の和菓子屋の子に、そっくりそのまま話した――。

けれども、実のところ、私には、鈴木さんが死んだという実感は3日たっても薄かった。他の販売員たちも同様だったのではないか。鈴木さんは、死んだ日にも、いつもどおり元気に働いていたのだ。帰宅中に突然うずくまり、そのまま息絶えたという話だ。

検死が行われたので、葬儀が3日後になったのだろうか。とにかく、とても唐突な死に方だった。鈴木さんの幽霊が、初めあまり怖がられなかったのは、たぶん誰も彼女が死んだような気がしていなかったせいだ。

彼女は、同じ日のうちからその後数日にわたって、フロアのあちこちで何度か目撃された。

「死んだのを忘れてるのよ」「まだ生きてるつもりなんだ」「あのひと働き者だったから」

鈴木さんの幽霊を見た者が増えるに従い、皆、ますます怖さを薄れさせていき、まだ目撃していないことを悔しがり「私もまた会いたい」と言う者すら出てきた。

鈴木さんは、頭のてっぺんから爪先まで生前通りの格好でいつもフッと現れ、すぐに掻き消すように消えてしまうだけなので、まるで害も無い。死体のようでも、陰が薄いというわけでもなく、むしろ元気そうな姿だ。

怖いというより、気の毒な感じがする鈴木さんなのだった。きっと死んだことに気づいていないに違いない。可哀想だと同情する声もあった。
――まだ、その時点では。

鈴木さんの初七日の日。朝から出てきてくれることを皆で期待していたのだが、どういうわけかその日に限って現れなかった。とうとう閉館する時間になり、私も帰ることになった。

遅番で、閉館後の後片づけをしたので、夜10時頃だったと思う。ショッピングモールの従業員口から暗くて寒い外に出ると、3メートルほど前を鈴木さんが歩いていた。

声を掛けて追いつこうかと一瞬思ったが、鈴木さんのさらに5、6メートル前方に知っている人が歩いているのに気がつき、私は声を呑み込んだ。

鈴木さんと同年輩のパートタイマーで、同じ年頃の子供がいるせいか、とりわけ彼女と親しくしていた女性、山田さん。鈴木さんの前を歩いているのは彼女だった。

鈴木さんは、山田さんの背中にじっと視線を据えているように見えた。しかも、少しずつ距離を縮めていっていた。だんだん追いつきつつあるのだ。

――このとき、私は初めて、鈴木さんが怖くなった。

山田さんに「つけられてますよ」と知らせるべきだろうか?山田さんは、なぜか鈴木さんの幽霊をまだ見ていないとこぼしていたっけ……。「いちばん仲良しだったのに、どうして私のとこだけ出てこないのかしら」

今、出てますよ。そう教えてあげるべきか。私は迷い、結局、「山田さんをつける鈴木さん」というものが怖くて関わり合いになりたくなく、彼女たちに背中を向けて逆方向に歩きだしてしまったのだった。

それから間もなく、たぶん2、30分後に、山田さんは死んだ。いつも乗るバスの車内で倒れて、そのまま息を引き取ったのだという。

「鈴木さんが仲の良い山田さんを連れていった」

そういう噂がたちまち立ったが、出所は私ではない。

私はあのとき見た鈴木さんの真っ直ぐな背筋、一心に山田さんを見つめているようすなどを繰り返し思い出し、あらためてぶりかえした恐怖と、それからモヤモヤした後悔とに押しつぶされそうになっており、そんな軽々しい噂を立てるどころの心持ちではなかったのだ。

そのうち皆も、鈴木さんの霊はたいへん恐ろしいものだと思うようになった。誰かがうかつにも鈴木さんの話をしはじめようものなら、寄ってたかって「しっ。噂をすると迎えにくるよ」と注意されてしまう。

鈴木さんは、そんな忌むべき対象とされた。なにせ、親しい友の山田さんを連れていった実績があるわけだから。

正月が終わり、バレンタインデーが過ぎ、寒さもだいぶゆるんだ頃になって、またしても同じフロアの女性販売員、木村さんが倒れた。

「怖い。また鈴木さんが?」「今度は山田さんが来たのかも……」「あのひと山田さんと家が近くてよく一緒に帰ってたのよ」

私たちはひそひそと囁きあったけれど、木村さんは幸い命を取り留め、やがて職場に復帰してきた。

「山田さんが夢に出てきて、『自分で自分にプレゼントを買ったのよ』って言ったのよ」

来るなり、開口一番そんな話をして木村さんは遠い目をした。

――そうだった。たしかにあの最期の日、山田さんは休憩時間に「自分で自分にプレゼント」を買っていた。暖かそうな厚地のカーディガンで、バックヤードで皆に見せていた。

ああ、本当にそうだった――鈴木さんにつけられていたとき、山田さんの手にはたしかに、ブティックの袋が提げられていた。あれはバースデー・プレゼントだったのだ。

「山田さんみたいに、私もこんどの誕生日には自分で何か買おうと思ったら、目が覚めたの」

どこかまだ夢見心地のような汒洋とした表情で語る生環者を、私たちは口ぐちに祝福したけれど、私は後ろめたさが拭えなかった。

声を、掛けるべきだった。あのとき、山田さんか鈴木さん、どちらにでもいいから。でも、本当に本当に怖かったから……。

一度失敗したら懲りたのか、鈴木さんはもう出てこなくなった。その代わり、私が働いていたケーキ屋に、おかしな電話が日に3回も4回もかかってくるようになった。出ても誰も応えず、電話の向こうでオルゴールの『エリーゼのために』が延々と流れているだけなのだ。

意味不明の怪電話で、たぶんただの悪戯だろうが、鈴木さんや山田さんのことがあったので、なんのことはない曲でも彼岸から聴こえてくるように感じられたものだ。

そんなわけで、しばらくの間、私たちは電話に出る役を押しつけあった。が、電話は次第に間遠になり、数週間もするとピタリと止んだ。

24歳の頃の出来事だ。

※登場人物は仮名です

(文/川奈まり子

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