壮絶ないじめに「勝利」した先には…『黒い兄弟』というバイブル【芥川奈於の「いまさら文学」】
1830年代のスイスとイタリアが舞台の本作は、逞しくも繊細な少年たちと、それを取り巻く大人の作る恐ろしい環境、そして美しさ溢れるラストシーンを描いた波乱万丈のストーリー。生きることの意味や友情の大切さを心から教えてくれるバイブルだ。
画像をもっと見る■あらすじ
スイスの山奥の貧しい農家に生まれた主人公・ジョルジョは、母の怪我の治療代も払えずにいた一家から安く売られ、働くためにミラノに行くことになった。道中、同じく売られていく少年・アルフレドと出会い、彼らは友達になる。
ミラノに着くと、少年たちはそれぞれの親方に買われ、煙突掃除の仕事をすることとに。ジョルジョの親方は優しい人だったが、その妻と息子のアンゼルモは彼をいたぶり続けた。
真っ黒に汚れ、ろくな食事も与えてもらえない煙突掃除の子供達は、アンゼルモを始めとする街の子供達で作られた『狼団』にいびられていた。そんな状態に我慢がならなくなったジョルジョは、アルフレドを訪ねて行く。しかし、彼は痩せ細り今にも倒れそうな姿へと変わっていたのだった。それでも彼は『黒い兄弟』という秘密結社を煙突掃除の子供達で作り、ジョルジョと共に『狼団』と対決をして勝利する。
その後、アルフレドは病に倒れ、ジョルジョに自分の妹への手紙を託し、この世を去る。
アンゼルモを除き和解した『狼団』と皆でアルフレドを埋葬した後、ジョルジョはアルフレドの最後の願いを果たす為、故郷・スイスへと向かうのだが………
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■イジメ、絶対ダメ!
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物語の中には、辛い境遇を抱えてミラノに売られてきた少年たちと、その立場の真反対にいるような都会の子や親方の子供が存在する。どちらも年齢が同じ位というのが非常に残酷で、片方は命を張って働いているのに、もう一方は泥棒の濡れ衣を着せたり食事を奪ったりとやりたい放題だ。
『黒い兄弟』と『狼団』というと、いかにも男の子らしいコミカルな喧嘩グループと思いきや、その根にあるのはもっと重い恨みが募ったもので、大変血生臭いのだ。
代表的ないじめっ子に親方の息子・アンゼルモがいるが、この性根の悪さときたら…。読んでいて本を破りたくなる程で、現代にもきっといそうなタイプ。今の時代の日本ならば、彼に出会っても逃げ道はいくらでもあるかもしれない。しかし、ジョルジョや親方に死ぬまでコキを使われているアルフレドは、表面上絶対に逆らえない。
こんな時代が実際にあったのだと思うと切なくてやりきれないが、逆にそこから生まれる根性の強さや友情の熱さというのもある。そして兎に角、いつの時代も「イジメは絶対にダメ」なのである。
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■友の死と“秘密”
アルフレドはジョルジョに、とある秘密をずっと持ったまま生きており、最期にそれを打ち明ける。それはとても驚く内容で、親友の死の悲しみにくれるジョルジョを奮い立たせるものでもある。
その前後に、ジョルジョが仲間たちと共にお金を集めアルフレドを埋葬するシーンがあるのだが、ここがとても素晴らしい。それは、ジョルジョがアルフレドにいかに敬意を払い、友として親友として男として認めていたかの“証”でもあり、そしてこれから彼との最後の約束へと旅立つ勇気を持つには十分な“儀式”であるからだ。
初めて会った時から知的で聡明そうで芯の通ったアルフレドに惚れ、いや、惹かれたジョルジョにとって、この別れは人生のターニングポイントの一つであろう。
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■美しい物語を書かせたら天下一
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作者、リザ・テツナー(1894~1963)は、かのドイツ文学の代表者、ヘルマン・ヘッセ(1877~1962)に、「現代最高のメルヘンの語り手」と評されている。
この作品も確かにその通りで、『アルプスの少女ハイジ』のごとく、四季折々のスイスの山々や栄えているミラノの街並み、またジョルジョやアルフレドが旅する道中を大変細やかに、そして美しく描いている。
そんなテツナーだからこそ、繊細で傷つきやすく、かつ勇気と根性のある「少年」という生き物を緻密に描くことができているのではないか。そしてそこから伝わってくる「生きること」とは、という問いかけに、読者は必ず応えたくなるに違いない。
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■そんな『黒い兄弟』を読みたくなったら…
この作品は長編で、文庫にしても上下巻に分かれており、普段読書をしない人にとって最初は退屈かもしれないが、必ずやジョルジョとアルフレドの短くも長い友情の行き先が気になってくるはずだ。そして、登場人物たちについての描写も非常に魅力的で、ド憎らしいアンゼルモを含めその容姿を想像しながら読むのも面白いかもしれない。
それでもくじけてしまったという方は、『世界名作劇場』(1995年・フジテレビ系列放送)」に『ロミオの青い空』というタイトルでアニメ化されているので、それを探して観てみるのも手。
(文/芥川 奈於)