数々の“模倣犯”を生んだ短編、梶井基次郎『檸檬』【芥川奈於の「いまさら文学」】

2015/07/25 07:00


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■あらすじ

肺病にかかり、借金に追われた「私」は、常に「えたいの知れない不吉な塊」に苛まれていた。


そんな「私」はある日、果物屋でひとつの檸檬を手にする。


そして丸善に向かい、あることを思いついてしまう。


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■観念的? 詩的? 何が何だか解からないけれど高評価になった短編

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教科書でこの作品に触れた人も多数いるのではないかというほど有名な作品『檸檬』。しかし、それをどう理解したかまではなかなか覚えてはいないだろう。

主人公「私」は語り手であり、登場人物であり、つまり客観的に物事を見ていたり、あるときは主観的であったりと様々に変化する。

だから読み手は時々混乱もするが、何となく読んでいるうちに感銘を受けて終わってしまうという不思議な作品である。そこが魅力の一つなのかもしれない。

実際、本作の初期評価自体も、発表から6年後に単行本化されたほどで、その道は険しかったようだ。


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■シド・ヴィシャスも真っ青! パンクな青年・梶井基次郎

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この作品には、モヤモヤとした「私」が“カーンと冴えかえる”様にして檸檬を丸善の棚に置いて行き、それを爆弾に見立てて丸善が大爆発をするのを想像しニンマリする、というエンディングが待っている。

今まで散々欝屈していて、カート・コバーン率いるニルヴァーナのグランジロックが流れていてもおかしくはないほどの「私」の世界は、一気にシド・ヴィシャスのセックス・ピストルズ、パンクな世界へと変わっていく。

なんという変幻自在な男であろうか。

今の時代にもし本人が生きていて、音楽の方向に進んでいたら、どんな音を奏でるのか聴いてみたい気がする。


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■君も僕も模倣犯

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本作に出てくる丸善のモデルになっているのは、丸善京都店である。そこでは、この本を読んだ多くの人々が檸檬を置いて去っていくという現象が絶えなかったそうだ。

まさか本当に丸善を大爆発させようという恐ろしい考えをもって置いて行く人はいなかっただろうが、皆、それぞれに作者の意思を受け継いで思い思いに黄色い果物を置き去りにしていっていたのだろう。

そう思うと大変微笑ましくもあるが、それを片付ける店員にとってはたまったものではない。

※そんな『檸檬』が読みたくなったら…

梶井基次郎は短編の王様なので、『檸檬』だけの本はなく、多くは他の作品と一緒になった文庫や全集として出版されている。

また、本人自身はこの作品をあまり評価していなかったというので、それなら、と、他の作品と読み比べてみると楽しさも倍増する。

(文/芥川 奈於

コラム文学
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