永遠の14歳!アンニュイに浸りたいならこの本を読め【芥川奈於の「いまさら文学」】
あなたは中学2年生のとき、何かに心酔していただろうか?
そんな経験をもつ人にぴったりな本が、岩井俊二著『リリィ・シュシュのすべて』である。
この本は、多くの多感期の少年少女が経験しているであろう現実をふわふわと漂うエーテルのごとく書き記した、インターネットの「掲示板」小説だ。
日本の小説にしては珍しい左開き、全文横書きの本。読者である我々は、その「掲示板」をロムっているという視点になる。
イジメ、援交、万引き、レイプ――。そんな毎日のなか、死に物狂いで生きているのに死ぬこともできない少年少女の拠り所=神に近い存在でもあるリリィ・シュシュという名のアーティストがいる。
しかし、そのリリィ・シュシュだって自分たちを救ってくれはしない。
それでも彼らは、主人公・HN「サティ」が立ち上げた掲示板「リリィホリック」に集い、語り合い、傷を舐め合う。
作品全体に漂う色は、とにかく不安定で危なっかしい。何が真実で、誰が虚構なのかもわからないような「掲示板」の前半は、読んでいてつまらなくはないし、後半のサティの独白は、こんがらがって、巻き込まれていく感じがして、とても不思議であり辛くもある。涙は流れないが、それ以外の多くのものを失った気がしていく。
このように、決して明るくはないこの本が、どうして長い間大人になった人々の間でも心に引っかかるのだろう?
それは、読者が心のどこかに、永遠の14歳を抱え込んでいるからではないだろうか。
自己の夢の世界は他人が足を踏み入れてはいけない場所である。
しかし、この本の中の夢の世界――リリィ・シュシュを通じて結ばれた世界は、「掲示板」のなかで共有され、突き抜けた先にはバラバラになり存在感さえなくなってしまう恐ろしいところである……と解っていながら、最後までリリィ・シュシュを通じて侵入してこようとする。
その結果、皆がもがき苦しみ、足をすくわれ、現実からも「掲示板」の世界からもいなくなってしまう。どこか、自分に陶酔しながら。
中学時代にイジメにあったり、何かに心酔していたりしていた人たちで、こんな経験をしたことはないだろうか。
その頃の傷を思い出したくなくとも思い出してしまう。それに奇妙な快楽を覚えてしまう。それがこの本である。
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岩井俊二氏は、同名の映画を2001年に作成しており、ストーリーはこの実験的小説とリンクしている。
映画版のキャストは、市原隼人や蒼井優など豪華なメンバーであるが、当時はまだ両者とも無名に近かった。
映像は、「さすが岩井俊二!」と言わせるほど、田舎の田園風景や学校、南の島等々どのシーンも限りなく美しい。
それらの面も併せて、映画版も是非鑑賞してほしい。小説と映画、どちらを先に選んでも楽しめるところも素晴らしい。
(文/芥川 奈於)