ネットの普及で変化も?怪談漫画家に聞いた「現代怪談事情」
怪談は、江戸の落語でも大きく取り扱われていた文化のひとつ。怖い話というだけであれば、平安時代初期に書かれた日本霊異記も該当し、歴史はとても長い。
一方で、怪談はその時代の人間を映す鏡のような一面があると聞くが、実際どうなのだろう。しらべぇ取材班はホラー漫画家・洋介犬先生に怪談の変化を聞いてみた。
■15年前と今で怪談に変化はありましたか?
「ネット発のものが増えて、定着しやすくなりましたね。10年ほど前から不条理なものがありましたが今はストーカーめいたものも増えました。スマホがキーになる怪談も多いです。心霊写真もすっかりスマホで撮影したものが主流となりました。
かつて、怪談は復讐的なものが大半を占めていたんです。恨みはらさでおくべきかのようなものや、触れてはいけない禁忌に触れてしまったがゆえのもの、のように。
それがテロリズム的なものへと変化しているように感じます」
■最近、収集した怪談で一番心に残っているのは?
「自分を嫌った人が高確率で急死する話ですね。学生時代の友人から聞いたのですが、彼と対立した人間は交通事故や突然の病気で亡くなっているという話でした。
しかも、この話を知る別の人にも同じようなことが起こり始めたんですよね。伝染ったのでしょうか。
幸い、私は彼らとは対立関係にありませんが、予断を許さない状況なので心に残っているというより、死の恐怖を感じて気がかりな状態ですね」
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■怪談ってどういう存在ですか?
「時代によって変化するものだと感じます。昔の怪談は教訓のような側面があり、悪いことをすると霊に復讐されるという要素が強かったようです。
現代では、つかの間に体験する非日常ですね。退屈な日常にさされた刺激の一滴のような存在になっていると感じます。
霊がいることを認めることで、死んでも続きがあるのだと安心したい潜在的欲求があるのかもしれません。怖いはずの怪談には、そうした救いという相反性があるように思います。
私は怪談が大好きで、怖がることで生を実感している節があります。死ぬのが人一番怖いので、それの予行演習のような、そんな存在だと感じています」
ただ怖いばかりだと思いがちな怪談だが、実際はそれが救いに繋がることもあるようだ。これを機に、まだまだ夏には早いが、怪談話に花を咲かせてみるのはどうだろうか。
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