インドネシアに145歳の男性が!?「世界最高齢」の信憑性
インドネシア・中部ジャワ州にスラゲンという都市がある。王都ソロのすぐ北にあり、悠久のジャワ文化が継承されているのどかな田舎町。
そんなスラゲンが今、世界中の大注目を集めている。
この町に世界最高齢の老人がいるのだ。もっともそれだけなら日本でもよく起こっていることだが、スラゲンのこの老人はすでに145歳を迎えているという。
■「ライオン宰相」と同い年
ンバ・ゴトーは1870年12月31日生まれの男性である。これは公的に認められている生年だ。彼のKTP(インドネシア国民に与えられる身分証明カード)には、はっきり記載されている。
インドネシア独立の父として知られるスカルノが1901年生まれだから、ンバ・ゴトーはスカルノよりも30歳以上年上ということになる。なお、日本の1870年生まれの人物を見てみると、「ライオン宰相」とあだ名を取った総理大臣濱口雄幸がいる。
インドネシアの女子教育を推進したとして名高いカルティニですらも、ンバ・ゴトーより9歳も年下。
果たして彼は、本当に145年も生きているのか。そうした議論が、インドネシア国内で発生している。
関連記事:特殊メイクで老人に扮した男性が『マッスルビーチ』の重量挙げに参加するドッキリ
■戸籍が消失している可能性も
インドネシアは官僚主義で知られている。
この国でビジネスをやりたいと考えても、役所での手続きが煩雑すぎて諦めたという話はよく聞く。だからといってインドネシアの役人の仕事は、日本よりも精度が高いわけでもない。
日本では「名ばかり高齢者」「所在不明高齢者」の問題が発生したが、インドネシアでもこうしたことは充分にあり得る。オランダ植民地時代に生まれた市民は自身に該当する戸籍が不明瞭で、親兄弟のそれと混同している場合があるのだ。
第二次世界大戦とインドネシア独立戦争で、各市町村の戸籍簿が消失している可能性もある。かといって、出生データがまったくなんて役所が認めない。となると、「1870年生まれ」も当然ながら出てくる。
関連記事:老人になってもラブラブデートを楽しむ愛の国イタリア人に学ぶマンネリデート解消法
■時代背景を解説できる?
だがンバ・ゴトーは、「書類上の145歳」では不可能なことも成し遂げているという。
彼は地元にある製糖工場の建設過程を細かく解説。この工場は1880年に建てられた施設だ。その当時のことを、ンバ・ゴトーは克明に記憶しているらしい。
そのため、彼を「本当の145歳」と認める人もいる。122歳まで生きたことで知られるフランスのジャンヌ・カルマンも、画家のゴッホは「性格が悪い男」と語っていた。
だが、ギネスブックにンバ・ゴトーの名が載るか否かは不透明である。たとえば日本にも泉重千代がいた。彼は120歳まで生きたと言われていたが、出生当時の戸籍に信憑性がなく、現代では「兄と戸籍が混同した」説が有力。
とくに昔は多産多死の環境で、年の離れた兄弟といつの間にか「同一人物」になってしまうことも珍しくない。だから「世界最高齢」を特定する作業は困難を極める。
彼の本当の生年は、おそらく永遠に闇の中だろう。
・合わせて読みたい→特殊メイクで老人に扮した男性が『マッスルビーチ』の重量挙げに参加するドッキリ
(取材・文/しらべぇ編集部・澤田真一)