フィリピン・ドゥテルテ大統領は本当に「残酷な執政者」か
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の言動が、国際的な非難を浴びている。
きっかけは、ドゥテルテ氏が実行している麻薬取り締まり政策。大統領就任から2ヶ月で、1000人以上もの麻薬密売人が射殺されている。それに対し、アメリカのバラク・オバマ大統領が苦言を呈した。
ところがその後のドゥテルテ氏の返答があまりに侮辱的だと、米比間の国際問題に発展してしまった。粗野な発言を無視するとしても、彼のあまりに強硬的な麻薬撲滅対策は異常ではないかという声が強い。
だが視野をフィリピンからASEAN諸国全体に広げてみると、この件に対してドゥテルテ氏がとくに「暴力的」なわけではないことがわかってくる。
■ドゥテルテ以上の強硬派がいる!
ASEAN諸国は、総じて麻薬犯罪に対して厳しい。一定量の違法薬物の所持が発覚したら、死刑か終身刑の国がほとんどだ。
たとえば、インドネシアの現大統領ジョコ・ウィドド。スラム街出身で、政治家になる前は大工だった。早口でしゃべる傾向のあるインドネシア人だが、ジョコ氏の口調はどこか間延びしていてスローペース。際立った身体的特徴のない痩せたおじさん、それがジョコ・ウィドドである。
だが、そんなジョコ氏は「麻薬犯罪を完全撲滅する」と宣言。すでに死刑判決が出ている外国人薬物犯に対しては「大統領恩赦は一切与えない」と語った。
2014年にジョコ氏が大統領に就任してから、じつに15名の外国人死刑囚が銃殺刑に処された。各国政府からの減刑嘆願も、極めて丁寧な表現ながらことごとく退けたのだ。
そんなジョコ氏の姿勢に失望したのか、日本人薬物犯のM服役囚が去年バリ島の刑務所内で首吊り自殺。M服役囚は大量の大麻を持ち込んだ容疑で懲役19年を言い渡されていた。
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■自動小銃で密売摘発
また、マレーシアでは約4キロの覚醒剤を持ち込んだ日本人の女に対し、死刑判決が出された。最高裁判所での判決のため、今後覆ることはほぼないと見られている。
タイ、ベトナム、マレーシアは日本人ツーリストに人気の国だが、この3カ国でも麻薬所持は重罪。日本のように執行猶予が出ることはまずない。少量のヘロイン所持でも最低10数年の懲役を覚悟しなければならないのだ。
また、東南アジアの警察当局は「麻薬密売人は銃を持っている」前提で行動している。密売摘発の際、警官は必ず自動小銃を装備。一般国民に銃が浸透しているタイやフィリピンならなおさらで、麻薬取締当局はテロ対策の特殊部隊と同等の戦闘力を持っているほど。
巡回中の交通課職員が薬物犯を捕まえて手錠をかける、ということはない。返り討ちに遭う可能性が高いからだ。
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■アヘン戦争がもたらしたもの
こうして見ると、ドゥテルテ氏だけが「残酷な執政者」なわけでもないことがが分かる。
そもそも、なぜASEAN諸国は麻薬に対して厳しいのだろうか?
この地域がかつてヨーロッパの植民地だった19世紀当時、アヘン戦争があった。これは香港にアヘンを輸出していたイギリスと、それに反発する清朝との戦争だ。だが歴史の教科書にも必ず出てくる「アヘン窟」は、何も香港だけのものではない。世界各地のイギリス植民地、そしてイギリス本国にもアヘン窟は存在した。
アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズを読んでみても、ロンドン市内にアヘン窟があったことが確認できる。主人公のホームズ自身も、ワトソン博士の前でコカインを摂取していた。19世紀当時、欧米諸国は麻薬の蔓延を完全に見過ごしていたのだ。
東南アジア各国の麻薬対策の厳格さは、その「後遺症」と言うべきかもしれない。シンガポールは、かつてその領土内にアヘン窟が存在したことを「黒歴史」として子供たちに教えている。ちなみに世界屈指の金融大国であるシンガポールも、麻薬所持の最高刑は死刑。
ドゥテルテ氏は、そうした歴史的背景の延長線上に立っているに過ぎないという見方もできるのだ。
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(取材・文/しらべぇ編集部・澤田真一)