しらべぇ

『クレイジージャーニー』でも話題の危険地帯ジャーナリスト・丸山ゴンザレスが吠える

「ジャーナリスト論」をテーマにした、10月からの新連載コラムだ。

社会 コラム

TBS系深夜放送『クレイジージャーニー』で、その体当たり過ぎる取材姿勢が視聴者の度肝を抜いたジャーナリスト・丸山ゴンザレスの連載が始まる。 その名も「ジャーナリストを名乗るまで」。

連載開始に先駆け、気になるその内容を少しだけご紹介すべく、丸山ゴンザレス氏にご登場いただいた。

 

■異色のジャーナリスト

丸山ゴンザレス

初めまして、丸山ゴンザレスです。……と改めて自己紹介するのも変な気分ですが、約2年前からTBSの深夜番組『クレイジージャーニー』にたびたび出演していて、ご存じの方もいるかなと思います。

現在、番組内で「危険地帯ジャーナリスト」と紹介されておりますが、以前からジャーナリストとしての活動をしてきました。ただし、「ジャーナリスト」と名乗るには、僕のプロフィールはだいぶ異色です。

一般的にジャーナリストになるには、大学で社会学を学んだり、マスコミ研究会のようなサークルに所属して、卒業後は通信社や新聞社なりのマスコミ関係に就職したりすることでしょう。

 

■「王道」ではない道のりで

僕の場合、自分で「ジャーナリストです」と名乗るまでの道筋は、王道とは言いにくい。普通ならジャーナリストを名乗るなんて考えられないような経歴なので、あまりおおっぴらに話すようなものではない、と思うんですけど(苦笑)。

ただ、まったくの別分野からジャーナリストを目指している人、物を書く仕事に就きたい人はもちろん、既にこの種の職業に就いていてステップアップをはかりたい人にとっても、僕の経験に根差した非王道の「ジャーナリスト論」は参考になるところがあるかもしれません。

ぜひ参考にできるところだけ、していただければと思います。

 

■ジャーナリズム論ではなく「ジャーナリスト論」

取材して記事を書く職業を指す肩書きでも「ライター」「ジャーナリスト」などさまざまだが、「ジャーナリスト」を選択したきっかけは。 出版業界での僕のスタートは旅行記を書くことでした。

旅好きから紆余曲折を経て、デビュー作『アジア罰当たり旅行』(彩図社)が刊行されたことで出版業界に入りました。その後、これまた紆余曲折あって出版社に務めて編集者をすることになった僕がライター稼業を始めたのは、正直なところ仕事の合間に小遣い稼ぎみたいな気持ちがあった。

当時は、特別に目的が定まっていたわけではなく、ライフワーク的な取材をしていたわけでもありません。あくまでプライベートな時間を使って、取材活動と称し自分が見聞きしていることを書いてみるだけ。

ノンフィクション作家として旅行記を書くのとは、だいぶ違ったやり方です。でも、ライターとして僕が書くものを、周りからも面白がってもらえて、しかもお金がもらえる。

「これはいい仕事だな!」と思いました。もちろん、ライターとして署名なしの原稿ならば、会社にバレないので助かったという側面もありますが。

 

■二重生活からフリーランスへ

それから編集者としても学ぶべきことは多くあったので、あれこれとやっているうちに二重生活が何年も続いていました。

とはいえ、限界は訪れるもので、圧倒的に増えすぎたライターの仕事が会社の仕事を圧迫してしまい、「このままでは会社に迷惑だな」と思うようになりました。

そうなるとけじめをつける必要がでてきます。こうして、僕は出版社を退職して“堂々”と、署名記事を書けるフリーランスになったのです。

ちょうどその頃の僕は、当初やっていたライター業とは大きく違った形で文章を書くようになっていました。

自分で企画を立てて、取材相手にアポをとったり下調べをしたり、はたまた推論を重ねて仮説を構築して現場を検証するなど、入り口から出口までをひとりでこなすことが日常化していました。

これは会社員としての立場があったために、予算や期間に関係なく書くことができたためです。物書きとしてはいいことではあるのですが、このあたりで、ちょっとした違和感が僕の中で生まれていました。

ライターとジャーナリストの境目がわからなくなってきたのです。

 

■ライターとジャーナリストの境目とは

「はたして自分は『ライター』と『ジャーナリスト』のどちらなのか」 そんな悩みを抱えていたので、「ジャーナリスト」と名乗っている方々に出会うと、「ライターとジャーナリストの違いってなんなんですかね?」と、尋ねまわったことがありました。

その中のある人に言われました。

「(違いなんて)ないです。肩書きだけですよ。自分の名刺を切って取材してるんだから、あなたがジャーナリストと名乗ればもう立派なジャーナリストじゃないですか。

 

ライターだと名乗ればライター。やっていることは似ているところもありますが、自分が取材先で聞いてきたこと、発信する内容に責任を取るのがジャーナリストだと思いますよ」

 

単に「名乗る」というだけじゃなくて、文頭なり終わりなりに自分の名前が入ることで、「僕が書きました」と責任を持つのがジャーナリストということだった。その定義に妙に納得したというか、感銘を受けました。

署名記事や著作があっても、自分が書きましたと言い切る責任感が自分には欠けていたのだと思います。同時に、そう言い切れるだけの確かな取材をしなければならないのだと思い納得できたわけです。

ここでよく見ていただきたいのは、この経験の通り、僕自身が「ジャーナリズムとは何か」からではなく「ジャーナリストとは何か」を追究する時期を経てこの仕事に入っていったということ。そんなことがあったので、今回のようなタイトルを思いついたのかもしれません(笑)。

あんまり褒められることがないので、自画自賛してみました。すいません。普段はあんまやらないので、ご安心ください。

 

■ジャーナリストはライターより上?

さて、自分の文章に責任を持ちさえすれば「ジャーナリスト」でも「ライター」でも、肩書きなんてどちらでもいいんじゃないかという気持ちは強まりましたが、どうしてもパブリックなイメージでは、「ライター」より「ジャーナリスト」のほうがちょっと上だと勝手な階層付けをする人もいるようです。

実際に貴賎はないと思うのですが。 数年前(まだ深夜番組に出たりする前のこと)、とある飲み会でライターの肩書で名刺を差し出すと、自称ジャーナリストと小説家志望の2人に「ライターなんだ~」と、妙に見下された感じで接してこられました。

そのうちに、僕に何冊か著作があって、連載も持っているというのがわかると、「なんだ、言ってよ~」と急に態度を変えてきたのです。

彼らの基準がどこにあるのかなんてどうでもいいのですが、世の中、名刺の肩書だけで判断する人は少なからずいるのも事実です。

それならば肩書きひとつのために損をする必要はないし、どちらが上か下かなんて、そんなささいなことで戦う必要もないかなと思って、名刺には「ジャーナリスト」と書いています。

ちなみに今でも仲間内の飲み会などでは集まった面子を見渡して「ジャーナリスト」と名乗るのと場の空気が壊れそうだなとか、あれこれ説明を求められそうで面倒くさそうだなと感じた時には「ライターでーす!」とか「フリーの編集者です」と名乗ることもあります。

状況や相手によりけりです。本当にしょうもないことなんですけどね。

 

■執筆者として再度表舞台に立とうと決意した理由

世の現役編集者には怒られてしまうかもしれませんが、先ほどのデビュー作を執筆して刊行した直後は、こんなに大変なら自分で書くより誰かに書かせたほうが楽なんじゃないかと思って出版社に入社したんです。

ところが、実際は逆でした。誰かに書かせて原稿を取るほうがよほど大変です! 甘かった…。

それに出版社では、自分で考えた企画は社内会議を通さなければ本にすることができません。「面白い!」と思っているから提案した企画なのに、会議上で他人にジャッジされることにはどうも慣れなかった。

「絶対、俺のほうが面白い」と、 会議で企画が落とされるたびに思いました。編集者の社内でのポジションだとか、派閥とか、営業部との兼ね合いだとか、純粋に企画が面白いかどうかではないことで企画が通るか否かが決まっていくのに納得できない。そういったことも、編集職を辞めた理由のひとつです。

 

■チャンスロスが嫌だった

「文章や書籍に関わる仕事=編集者」と職業の大きなくくりの中では書き手も作り手も同じ扱いをされていますが、どうしてもサラリーマン的なポジションだと自由に取材したり、書いたりはできない。

かといって、自分と同じ目線で書いてくれるような作家にも巡り合う機会もあまりなかった。能力の有無ではなく、マインドや目線といった部分でのマッチングがなかったんだと思います。

まあ、当然だとは思いますし、頭ではわかってはいたのですが、自分の目で見てきたものを本にしたい欲求を思い留めるだけの理由にはなりませんでした。

結局、企業に所属していることで今しか行けない場所に行かないままになってしまう、そのチャンスロスが嫌だったんですよね。

 

■今、一番必要なスキルだと考えていること

編集者時代、正しい文章にこだわりすぎてなかなか筆が進まない著者を担当していたことがあって、「俺だったら書けるのに……」と正直思ったこともありました。

この経験から、僕は今でも情報を伝えるうえでは上手い文章を書くことより早く伝えることのほうが大事だと思っているんです。

以前、友人の小説家が「口述筆記より早く書けたら、だんだんと思考の速度で書けるようになる」と言っていたことがあります。

当時はピンとこなかったけれど、今ではよくわかります。文法的に正確な文章ではなくても、面白いことを正確に、早く文章にしてしまいたいんです。

誤解を恐れずに言うと、少々間違った文章でもいいんじゃないか……て、編集者は絶対言っちゃいけない言葉ですね(笑)。

もちろん、あとから推敲したりして、可能な限り正確性は高めますけどね。ともかく、今改めて考えてみても、「正しい日本語」を推奨する編集者の仕事は自分には合わなかったなと思います。

 

■自身の経歴が今回の企画そのもの

丸山ゴンザレス

自分が調子に乗りやすい性格だという自覚があって、得意分野のフィールドだけで文章を書いていたり、「読者や連載元はこういう内容を期待してるんだろうな」と、成果物がある程度予測できてしまう仕事を続けていると、手抜きとは言わないですが、効率化していって余裕が出てくるので調子に乗って必ずポカをやらかすのが見えている。

今回連載を持つ『しらべぇ』のように、新しいジャンルや今までお付き合いのなかった場所に飛び込むことになんの躊躇もありません。

例えば今後、もしも僕が文芸作品や小説を書くことになったとして、「この世界ではお前はド新人だぞ!」と誰かに面と向かって言われたとしても、まったく気にならないですね。

 

■ストレンジャー精神が生む覚悟

僕の持っているその種の覚悟は、言わば「ストレンジャー精神」に依るもので、いつまでも「よそ者」「はみ出し者」という立場のままで新しい世界にチャレンジするのが好きなんです。

今までやったことのないことなら、むしろ大歓迎なんです。 この「ストレンジャー精神」については、菊池成孔さんがラジオ番組で以前に語っていたことがあって、それを聞いたときに「俺が考えてたことってこれだ!」と腑に落ちて、ほっとしたのを覚えています。

自分の中にある抽象的だったマインドが、第三者の言葉を借りて輪郭がくっきりしてくるようで嬉しくなりました。

 

■「売れる覚悟」を持ったタイミングは

「売れる覚悟」だけは昔から持っていました。昔といっても出版社を辞めると決めた時のことですけどね。茶化しているように聞こえるかもしれませんが、じつはとても大切なことなんです。

「ジャーナリスト」を名乗るなら、メジャーになる準備、より正確に言うなら、メジャーな場所で取材の成果を披露するためのマインドはあらかじめ持っていないと、いざ注目されはじめたら右往左往することになってしまう。

情報を発信する仕事をするうえで、自分は目立たずに記事だけを前面に出したい、というスタンスを貫くことは理解できるし悪いこととは言いません。ただ、そう考える人の割合が今は多すぎるかもしれないなと思います。

実際、僕が見ている限り、今現在ジャーナリストを志望している若い人や、今駆け出しとして書き始めた方たちの中に「この人は覚悟が決まっているな」と感じる人はそんなに見受けられないですね。

それと、僕の考えている「売れる」の定義は、皆さんとは少し違うかもしれません。僕の場合は、自分の知らない会社やメディア、異分野などから仕事のオファーが来ることが「売れる」ということだと思っています(ストレンジャー精神がありますから)。

テレビに出たり、タレントになってメディア露出が増えることではないのです。

 

■「今」を伝えるジャーナリストだからこそ優先させるべきこと

丸山ゴンザレス

6年前の東日本大震災発生当時のことですが、僕は実家が宮城なので、自動車で被災地に行きました。たどり着いたのは発災から3日目。

余震と津波、放射能といった複合的な被害の全容が把握できていない状況で、日本の大手メディアは、記者たちのリスクを避けるために出足が遅れ、被災地の奥の方には、ほとんど誰も来ていませんでした。

地元在住のフリーランスの人に東京のメディアが何社もぶらさがって情報を集めたりするのも珍しいことではありません。実際、石巻在住のカメラマンが、たったひとりで5社分の一眼レフカメラを肩から提げて、被災地の中を歩きまわっていました。

思わず「大変ですね」と声をかけると、「ほかに頼める人いないらしいんで」と、苦笑いしていました。 国内がそんな様子だというのに、瓦礫もガンガン乗り越えて奥へ奥へと進んでいくグループもいました。

 

■良い習慣はどんどん真似る

連中と競うように進んでいき、瓦礫で道路を寸断された孤立集落にいち早くたどり着くと、よく見れば外国人でした。ジャーナリストパスをぶら下げていたので、チラっと見ると「ニューヨークタイムス」となっていました。

さすがだな~と思ったのを覚えています。 しかも、彼らが履いていたのが「KEEN」の靴だったので、「わー、カッコイイな!」と思ってそれ以来、手法とは全然違いますが、真似して僕も愛用しています(笑)。

ほかにも、ノンフィクション作家の高野秀行さんが「1度の旅に持って行く本は5冊」と言っていたから、僕も真似していますね。

あんまり、これはという真似はないかもしれないですが、リスペクトする人や、先輩ジャーナリストの良い癖や習慣はどんどんいただきますよ。むしろ、こだわりを持たないのがこだわりですね。

 

■丸山ゴンザレスが思う「ジャーナリストのあり方」とは

ジャーナリストとひとくちに言ってもいろんな人がいますが、僕は社会活動家ではないので何かを解決しようと思って取材しているわけではありません。

ただ、「今、世界ではこういう現象が起きてるんだよ」という情報を、できるかぎり事実のまま伝えるのが仕事だと思っています。

それを伝える時、妙に偉そうな物言いはしたくないし、遠い世界の出来事ではなくいかに今自分が立っている場所と近い所の話なのか、読者に実感を湧かせることを常に意識しています。

たとえそれがアメリカの麻薬問題であったとしても、どこかで日本に関連しているということを伝えることができたら、それは意味のあることだと思うのです。

なぜ世界と日本をつなげていこうとするのかというと、どうも日本人は、自分たちは他の国とは違うと思い込みがちのようだし、最近その傾向は顕著になってきてるなと感じる時があるからです。

 

■日本を「特別視」する問題

もっと強く言うと、日本の立ち位置を特別視している人は、世界とのズレに気がついていないんじゃないでしょうか。僕自身は、日本を自分の故郷であるという以上には特別だとは思いません。

東ヨーロッパで聞いた時には、日本のことなど国名以外はほとんど知らない人が多かったし、アメリカでさえ「アニメの国だろ」という程度の認識の人も多いですよ。

また、世界地図ひとつ取っても、日本製の地図では日本列島が真ん中にあるけれど、世界基準の物を見れば、本当は東の端っこ、文字通り極東の小さな島国なんです。

ちょっと偉そうな言い方になってしまいますが、「そんな国だから、今の世界の流れと自分たちが関わっているのかをダイレクトに見せる必要があるのかな」と思っている部分もあります。

 

■「旅人」という取材姿勢のルーツ

僕がもともと「旅人」で、今も旅を大事にしているから思うことかもしれません。「旅人」は、世界中どこに行くのに、ひとつ所には留まらない。例えば、僕が今日、ある村で起きた事件を目撃して、数日後に隣村に移動したとする。

するとそこで、もう事件の噂が入ってきているのを耳にするわけです。内容も少しずつ変化している。そうやって口伝えの情報は伝播していくたびに変容していくものだからこそ、直接見てきた人が、見てきたままを語るべきなんじゃないかなと思います。

同時に、人の情報というものは常につながっているから、隣村事件は次の村からまた次へと伝わっていく。それは国単位でも同じことが言えます。

 

■「日本だけが特別」ではない

ある情報が自国に伝わってきた時に、密接か否かという程度の違いはあれど、日常生活に関わってくることがあります。具体的に言うと、とくにドラッグのトレンドは日本に関わってくると断言できますね。

今アメリカで、とあるドラッグが流行ると、次に伝わる先は確実に日本です。「危険ドラッグ」も、ニュースで騒がれた時はみんな日本国内だけの問題だと思っていたかもしれませんが、日本で摘発が相次いでいた時期に先駆けて、既にアメリカでは社会問題になっていました。

だから、海外の「今」は日本と無関係ではないというのは間違いないし、先ほども言った通り、「日本だけが特別」というわけではないんですよ。そういうことをフラットに見たいといつも思っています。

僕の取材先がアジアとアメリカが多くなるのは、その2つの地域が世界中で最も日本に関わってくるからです。ネタになることが多いので、必然的に行先に選びやすくなる。やっぱり行くならネタが多い所にいきたいですしね。

 

■困難や未知のものへ挑戦するフリーランスな生き方

丸山ゴンザレス

今回の連載は、DMMオンラインサロンの「ゴンザレスマガジン」で行ったトークイベントを元に、しらべぇで連載、そしてゆくゆくは書籍化を目指していて、少なくとも3社、それぞれの担当者がからむことになりました。

正直、面白い目論みだと思っています。 僕の今の立場もそうですが「フリーランス」の人が集まって作っていく企画です。フリーランスの仕事に対しての考え方は人によって様々ですが、僕個人は自由になんでもやっていいからこその「フリーランス=自由業」だと思います。

大きな自由度の代わりに、決まりが何もないまま漫然と進んでいったら、面白みもぼんやりと薄いものが出来上がってしまうリスクもはらんでいます。

だからこそ、自力で「縛り」を設けていかなければならない。複数の企業やサイトを絡ませて座組することで自然と縛り生まれることは、目標や企画の輪郭をくっきりさせることにはなります。

一方で、関わる人数が増え、聞きに来てくれる、記事を読んでくれる方たちに満足してもらわなければならないので、ハードルも必然的に高くなり、より困難なミッションになります。

それをどうこなしていくかに、僕自身、非常に面白みを感じています。 連載開始まで、あと数日です。楽しみにしていてください。

DMMオンラインサロン詳細 『ゴンザレスマガジン』

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(文/丸山ゴンザレス 聞き手/加藤摩耶子)

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