「新潟銘酒の父」の教えが流れる糸魚川の酒 蔵人の栽培米だけでつくる6人の蔵とは
国税庁酒類鑑定官として新潟清酒を叱咤激励した田中哲朗氏の教えを今も守る。
「日本酒の本質は味とキレ」 と語るのは、4代目当主の猪又哲郎さん。飲み進むにつれて美味しくなる酒を目標とする。また米の酒ならではの熟味と熟香も大切にし、純米吟醸以上は1年以上蔵で管理し熟成したものを出荷している。
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■「新潟銘酒の父」の指導の下に
糸魚川駅から猪又酒造まで取材班が乗ったタクシーの運転手は、糸魚川の出身でなかなかの日本酒好きらしい。道中、糸魚川五蔵について熱く語る。そして曰く、「猪又酒造の前の杜氏さんは越乃寒梅にいた人間だよ」。
蔵の酒質のみならず歴史にも精通しているとは、なんたる地元愛だろうか。 到着すると4代目当主の猪又哲郎さんが迎えてくれた。
堂々たる和風建築の広間に通され、一隅にはこれまでの主要商品がズラリと並んでいた。さっそくドライバーに聞いた話からインタビューを切り出す。
「先代である父が田中哲郎先生に心酔していまして、先生設立の研醸会にも参加させていただきました。越乃寒梅さんもメンバーだったので、お付き合いがあったのです。
父の代の杜氏は寒梅さんで頭だった人物です。蛇足ですが、私の名前『哲郎』は田中先生からいただいたと聞いております」
戦前戦後を通し新潟県の日本酒業界を指導した「新潟銘酒の父」は、この地でもしっかりと足跡を残している。
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■原料米は全量地元蔵人の栽培米
蔵があるのは糸魚川市の早川地区、周囲を2000m級の山々に囲まれた谷合。この地に湧き出るのは、その山々に降り積もった雪から生れる伏流水だ。
この清らかな水が行き渡る田んぼで育てられる稲は、昼夜の寒暖差が大きい谷合の気候と相まって、良質な米を実らせる。 猪又酒造で使う米は全て酒造好適米。
「五百万石」「越淡麗」「たかね錦」の3銘柄で、これらは全て蔵人が栽培している。蔵人は春から秋までは専業農家、雪に閉ざされる11月から2月末まではこの蔵で酒の仕込みに携わる。
「造る酒に合わせて最適な栽培米が収穫できるし、自ら育てた米を酒にするのだから造り手の思い入れは大きい」と、猪又蔵元は穏やかな口調ながら自信のほどをのぞかせた。
当然、米を扱うノウハウも熟知している。精米にも洗米にも、作った者だからこそわかる微妙なさじ加減が可能で、よりいい酒になるという次第だ。