全量槽しぼりで瓶燗火入れ 一本一本手造りで仕上げる『越後自慢』は江戸時代からの蔵
童話『赤いろうそくと人魚』のもとになった人魚伝説が残る里で。
ある北の暗い海に身重の人魚が棲んでいた。あまりに寂しい海なので、人間の住む町で子供を育てたいと、人魚は海辺の神社に赤ん坊を産み落とした。
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■人魚伝説の生まれた浜辺
翌朝、人魚の赤子は神社近くのろうそく屋の老夫婦に拾われた。美しい娘に成長した人魚は、ろうそくに赤い絵を描いて仕事を手伝う。
そのろうそくでお参りすると、時化でも船は無事に帰ってこられると評判になり、ろうそく屋は繁盛。噂を聞きつけた行商人が、娘を売ってくれとやって来た。
大金に目がくらんだ夫婦は申し出に同意。娘は赤い蝋燭を残して連れて行かれた。 その晩、髪を乱した女が赤い蝋燭を買いに来た。老婆は娘の残した最後の1本も売ってしまった。
するとにわかに暴風となって海は荒れ、娘の乗った船は難破して沈んでしまった。 これは日本のアンデルセンといわれた児童文学作家・小川未明の創作童話「赤いろうそくと人魚」。
そのモチーフは上越市大潟区の雁子浜(がんごはま)に伝わる人魚伝説だという。 小川家は越後高田藩の家臣の出身。
そんな経緯から郷土の伝説が心に宿っていたのだろうか。この作品は1921年に東京朝日新聞に連載され、未明の出世作となった。
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■全工程を手作業で
この伝説にちなむ日本酒を造っているのが、上越市大潟区の小山酒造店だ。その名は『人魚の里』。特別本醸造で爽やかな喉越しの酒である。
蔵への最寄り駅は信越本線の土底浜(どそこはま)駅。無人駅に降り立つと風に潮の匂いがする。ここから国道8号を渡って海へ向かうと、松林に囲まれて小山酒造店がある。
松林の向こうはすぐに日本海で、新潟県でも数少ない海岸線に近い酒蔵だ。近くには鵜の浜温泉があり、目の前は海水浴場。ナトリウム-塩化物泉で、旅館・ホテルほか日帰り温泉施設もある。
こうした風光明媚な海辺の地で、江戸時代天保年間(1830~1844年)に創業。180年ほどの歴史がある。当主は9代目の小山伸一さん。
「うちはすべての工程を手作業で行っています」と、蔵内を案内してくれた。 原料処理は和釜に甑、製麹には箱を使い、仕込みは小タンクでの小仕込みだ。
「醪の温度管理は大切です。温度が上がったときはタンクの下に雪を敷いて熱を冷ましています」
冷房設備などなくても美味しく造れる寒仕込みだ。 そして、搾るのは全量佐瀬式の槽搾り。酒袋に醪を詰めて槽に積み重ね、昔ながらのスタイルを採用。
「圧力をかける前に自然圧で搾ります。すぐに圧力をかけると酒袋が崩れてしまうんです」
手間も時間もかかるが、普通酒やカップ酒まで槽しぼりというから、飲み手にとってはなんとも贅沢な酒だ。