セーラー服は地域によって形が違う? メーカーは「憧れの人を真似たのかも」
「新たにセーラー服を導入する学校は、現在ほとんどない。ブレザースタイルに変わってきている」と担当者。
■母親などが作っていた時代も…
セーラー服が採用されだした1920年代は、生活様式の洋風化が進みだした頃。
当時、女学生はまだ数少ないエリートであり、とてもモダンなセーラー服は、エリートイメージとあいまって好意的に受け入れられ、女学生=セーラー服のイメージが急速に広まっていったと考えられている。
ただし当時は、日本には大規模な既製服産業がなく、セーラー服の供給は、学校近辺の仕立て屋が生徒の求めに応じて作るものであった。中には、母親や姉、または洋裁ができる祖母が、新入学の女の子のために生地や材料を求めて作った地域もあったという。
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■現在はブレザースタイルが主流
このような背景も踏まえて、メーカー担当者は「あくまで推測だが、憧れの人が着ている制服をみんなが真似していったことで、その地域ごとのデザインとして定着していったのかもしれない」と話す。
現在のセーラー服事情については、「新たにセーラー服を導入する学校は、現在ほとんどない。ブレザーにパンツスタイルといった形に変わってきている」と述べた。
■セーラー服4分類
恐らく、その土地の洋品店が昔から作っていたセーラー服を、当社を含む制服メーカーがパターン作成の際に参考にしたため当時の型がそのまま引き継がれ、現在まで地域によって似た傾向が出てきているのではないかと推測しています。 pic.twitter.com/ZCX0gDgd2b
— 明石スクールユニフォームカンパニー (@akashi_suc) November 29, 2021
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(取材・文/Sirabee 編集部・Sirabee編集部)