居心地が良い鎌倉のスナック そこで体験した奇跡のような「偶然のつながり」
【松尾貴史「酒場のよもやま話 酔眼自在」】鎌倉のスナックを通じて体験した「奇跡的な偶然の重なり」とは…。
以前は、飲みに行くとなると、まずは食事をしつつ飲んでから、2軒目にオーセンティックなバーでウイスキーなどを静かにいただく、ということが多かった。
ところが、近年、「旅チャンネル」というところで制作、放送されている「離島酒場」という、「島で飲むだけ」という番組でリポーターをやっていて、程よい数の人は住んでいるけれど本土や大きな島から橋がかかっていない、つまりは離島で2軒目にどうするかということになれば、やはりスナックという強い味方に頼らざるを得ない。
とは言っても、「スナック」とはなかなか定義にするのが難しい業態で、「スナック」と名乗ればそこはもう「スナック」なのである。スナックについての私の中でのハードルは、すこぶる低くなっている。
■居心地が良い鎌倉のスナック
最近、たまに私が顔を出す、鎌倉の小町通りにあるスナックがある。最初は音楽関係の方に連れられていったのだが、居心地がいいのでふらりと何度もお邪魔している。
「地元のスナック」というと、馴染みの仲間で固まってしまっているのではないかという、ある種の緊張感を伴うので、通いつけない側からするとそこはかとない緊張間があるものだが、この店の常連客の質(たち)なのか、鎌倉人全体の気風なのかは分からねど、そういう憂いはない。
初めて一人で行った時など、隣に座った70代と思しき男性が、「あんた、地声がいいから、何か歌いなよ」と、私の了解を得ずに、私のために歌を次々と「入れてくれる」。最初は気が進まなかったのだが、その人の可愛げというか親しみやすさで、すぐに素直に歌うようになってしまった私の自分の無さが可愛くすら思う。
そして、私に6曲歌わせた御仁、「あんた、どんなお仕事してんの?」と聞かれたときには、何か清々しく嬉しい思いがしたものだ。「何でもお手伝いする仕事です」などとごまかしてその日は店を後にした。
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■美容室での謎めいた老人
何度目かに伺った時、カウンターの内側にアルバイトとして入っている女性スタッフに「お住まいは鎌倉なんですか」と聞かれて、「いえ、世田谷なんです。去年から、アトリエがわりに小さなアパートの部屋を借りています」「あら、私の実家は経堂なんですよ」などという話になった。
流れで、最近の世田谷エピソードを聞いてもらった。経堂駅近くの美容室で髪を切ってもらっていたら、髪を洗ってもらっているときに男性の老人が訪ねて来た。その美容室はおじさんが一人でやっている店なので当然手が止まるが、私は仰向けに倒され顔にガーゼを乗せられているので、見ることはできない。
「上に住んでる○○さん、今いますかね?」と謎の老人。どうやら、一人暮らしのおばあさんを訪ねて来たようだ。「さあ、訪ねていかれたらいいと思いますが」と美容室の店主。
「最近、デイホームに来ないんでね、心配してるんですよ」「いつも生活音はしているからお元気なんだろうと思いますよ、上に行かれたらいいんじゃないんですか?」「いや、それもね……」と要領を得ない。
しばらく美容室の入り口で頑張っていたみたいだが、店主が洗髪を再開すると諦めて帰っていった。「おそらく、ゆるーいストーカーみたいなものかもしれませんねえ」「なるほど、彼に寄って来られて煩わしくなったから、他の施設に通い始めたんでしょうか」「避けられてることは感じ取っていたんでしょうね」「青春ですね」などと納得した、という話だ。
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■偶然の繋がり
スナックの女性スタッフはそれを聞いていて、少し険しい表情になった。そして、「それ、母です」「え」「二階の住人、私の母です!」実家の一階に、私が髪を切っている美容室が店子として入っていたのだった。美容室の店名を言ったら間違いないことがわかった。
しかし、こんな偶然があるものだろうか。この鎌倉のスナックに通うようになった確率と、その実家の店子に私が髪を切ってもらっている確率、その美容室に謎の爺さんが訪ねてくるタイミングで私がそこに居合わせる確率、スナックでその話題になる確率、これは宝くじに当たるほどの低確率なのではないだろうか。
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■著者プロフィール
Sirabeeでは、俳優、エッセイストの松尾貴史さんの連載コラム【松尾貴史「酒場のよもやま話 酔眼自在」】を公開しています。ワインなどのお酒に詳しい松尾さんが「酒場のあれこれ」について独自の視点で触れていく連載です。今回は松尾さんがスナックを通じて体験した「奇跡のような偶然の重なり」に関するエピソードを掲載しました。
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(文/松尾貴史)