忙しさに乾杯… 映画の字幕翻訳者が過ごす15日間の超過密スケジュールとは?
外国語映画の“名翻訳”として最も有名なものといえば、1942年のアメリカ映画『カサブランカ』で登場した「Here’s looking at you, kid!」という台詞の翻訳でしょう。
男女がグラスを傾けながら互いに見つめ合い、乾杯の掛け声として発せられるこの台詞。直訳すると「君を見ながら」となりますが、同作を担当した字幕翻訳者・高瀬鎮夫氏は、これを「君の瞳に乾杯」と訳したのです。現在でもロマンチックな言葉の代表として語り継がれているこの台詞は、字幕翻訳から生まれた賜物なんですね。
こうした“映画の翻訳”は、文芸翻訳やニュース翻訳などとは全く異なる作業。ほとんどの場合、「字幕翻訳者」と呼ばれる専門の人たちの仕事です。
■字幕翻訳者の超過密スケジュール
さて、映画が上映されるまでのスケジュールにおいて、字幕翻訳者はどのように関わっているのでしょうか? まずは、『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』(岩波書店、太田直子著、2013年)から引用させていただきます。(※全ての作品がこのスケジュールに則っているわけではありません)
1日目:受注
2日目:ハコ書き
3~4日目:原語読解(この間制作会社がスポッティング)
5~8日目:字幕原稿作成
9日目:原稿チェック(推敲)、入稿
10日目:待機
11日目:仮ミックスチェック、訂正リスト作成
12日目:担当者と訂正を協議
13日目:シュミレーション
14日目:待機
15日目:初号試写
では、このスケジュールをひとつひとつ解説していきましょう。
●ハコ書き
字幕翻訳者は、映画配給会社から受注があると、映画の概要と照らし合わせて下調べを始めます。当該作品はどんな時代に焦点を当てているのか、専門用語はないか、原作はないかなど、片っ端から調査するのです。
そして、手元に届いた翻訳素材(映像・スクリプト)を元に台本上に記載されている台詞を区切り、字幕が切り替わるタイミングを示す作業をします。これを、「ハコ書き」といいます。
ひとりの人物が延々と話し続けるシーンなんてあったら、もう大変! どのタイミングで区切るべきか、映像を見ながら俳優の息継ぎや口の動きを丁寧に確認していきます。
●スポッティング
「ハコ書き」が終了すると、次に取り掛かる作業は「スポッティング」。これは、区切った台詞の尺が何秒あるのかを計測する作業のことです。
「どうして計測する必要があるの? どんどん翻訳すればいいじゃない!」と思われがちですが、これは日本人が負担なく字幕を読むことができる分量(1秒に3~4文字)が設定されているためなのです。
このスポッティングリストを元に、ようやく字幕翻訳者の本領発揮(?!)。やっと翻訳作業に移ります。日数にしておよそ3日。なりふり構わず猛スピードで仕上げるのです。
●仮ミックス
幾度となく推敲が行われ、これに字幕制作会社によるチェックが入ると、今度は「仮ミックス」と呼ばれる、字幕原稿が実際に映像に乗ったデータが手元に届きます。
改めて映像で確認してみると違和感が…なんてこともあるため、「訂正リスト」を作成し、翻訳者や字幕制作会社、映画配給会社が膝を突き合わせて協議を行うのです。
協議の後は「シュミレーション」ですが、これは「仮ミックス」よりも完成形に近いもの。翻訳した原稿の内容だけでなく、「スクリーンのどの位置に字幕を写すか?」ということについても検討が行われます。
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■受注から初号試写までノンストップ…字幕翻訳者のやりがいとは?
作業の内容だけでも大変そうなのに、スケジュールは超過密! そんななかで、「やりがい」を感じる瞬間はどんな時なのでしょうか? 字幕翻訳者のAさんにお話を伺いました。
「すごくきついし、大変です。『字幕がイイ!』なんて褒められることはそうそうないし、基本的にマイナス評価をもらうことしかない…」
確かに、「あの映画良かった!」と思うことはあっても、「あの字幕良かった!」という感想をもつことは少ないかもしれませんね…。
「でも、褒められる時は本当に嬉しい。例えば、ツイッターの実況で『この字幕翻訳、なかなか頑張ってるんじゃないの』と書かれてたのを見た時には、ホッとしたというか、幸せを感じました」
字幕翻訳者はまさに、映画を支える影の功労者。みなさんの好きなあの映画のあの台詞、直訳の意味と字幕を比べてみてはいかがですか? もしかしたら、翻訳者の機転があなたの心を動かしているかもしれません。
(文/しらべぇ編集部・矢野恵美)