セクハラは被害者が声を上げざるを得ないのか? 加害者の罪はどこまで問われるべきか? 映画『ロイヤルホテル』が考えさせられる
実話をモデルにセクハラの恐怖を描く『ロイヤルホテル』が7月26日公開。
2017年、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラ被害を告発する「MeToo運動」が広まって以来、セクシャルハラスメントは、社会問題のひとつとして取り上げられるようになってきたといえるでしょう。
ですが、こうした背景には、被害者が重い口を開くことでしか発覚しない場合がほとんど。一方、問題が明るみにならなければ、加害者が何食わぬ顔で社会生活を送っているのは、容易に想像がつきます。
7月26日公開の『ロイヤルホテル』は、セクハラをテーマに扱った問題作。はたしてセクハラは、どこまで「罪」を問われるべきなのか、本作を通して考えてみましょう。
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■リアルな不快感を映し出す
『ロイヤルホテル』は、キティ・グリーン監督の長編第2作目。前作『アシスタント』では、「MeToo運動」を題材に、主人公の新人アシスタント(ジュリア・ガーナー)を通してハラスメントが氾濫する映画業界をリアルに描き、ドキュメンタリー出身のグリーン監督らしさがいかんなく発揮されていました。
本作も、オーストラリアに実在する店をモデルに、グリーン監督が再びセクハラに取り組む意欲作です。
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■ハラスメントを受ける日々
オーストラリアを旅行中、お金に困ったハンナ(ジュリア・ガーナー)とリブ(ジェシカ・ヘンウィック)は、寂れたパブ「ロイヤルホテル」でバーテンダーとして働くことになります。
ですがそこは、荒くれ者たちが集まる場所。2人を待ち構えていたのは、粗野な客によるハラスメントを受ける日々だったのですが…?
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■「罪」の重さは平等か
ハラスメントは、被害を受けた側の解釈によって定義が変わるともされますが、特に性被害は「魂の殺人」ともいわれています。
それを踏まえると、なぜ心を殺された被害者が声を上げなければ「罪」として取り上げられないのか、加害者が「そんなつもりはなかった」と弁解するだけで「罪」に問われないのか、違和感を覚える人も多いかもしれません。
賛否両論あるとは思いますが、個人的には、『ロイヤルホテル』のような結末も、許されていい気がします。ハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」が推奨されたバビロンははるか昔、現代で民を守る法律に、「罪」の重さは等しく定められているのでしょうか?
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『ロイヤルホテル』
7月26日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
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(取材・文/Sirabee 編集部・尾藤 もあ)