ある日突然、押し入れから…坂口安吾『白痴』【芥川奈於の「いまさら文学」】

『白痴』の描写は大変面白いので、普段ラノベしか読まないような方々でも、各々のキャラクターを“萌化”して読んでも楽しいかもしれない。

2015/06/28 11:00


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今日も世界のどこかで戦争が起きている。あなたは、自分の身にもし戦火が訪れたらと考えたことはあるだろうか…。今回紹介するのは、戦争と、終戦の臭いがする混沌とした世の中を生きる奇妙な人々のドラマが描かれた作品である。


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■あらすじ

時は第2次世界大戦の最中。


小さな新聞記者上がりで映画演出家の伊沢が住む小屋の隣には、「気違い」の一家が住んでいた。ある日、気違いの妻である白痴の女が、伊沢の部屋の押し入れに逃げ込んできたかのようにして隠れていた。


その日から二人の奇妙な同居生活が始まる。やがて起きる大空襲の時、家を焼かれた二人は逃げまどう。その時、伊沢が起こした行動とは…。

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■キテレツな登場人物たちと表現方法

『白痴』というタイトルが示す通り、この小説にはおかしな人物がたくさん登場する

主人公・伊沢は映画演出家をしているが、同僚のくだらない自我ばかりの話に飽き飽きしながらもクビを恐れて大人しくしている。

そんな彼の家の隣には奇妙な一家が住んでいる。「気違い」の旦那と「白痴」の妻、そしてそれを叱責する義母。これだけでも『マカロニほうれん荘』も真っ青な設定だが、そんな白痴と伊沢がこっそりと同居をし始めてしまうのであるから大変だ。

精神を持たぬ女体だけの白痴を、やがて醜悪な肉の塊として扱う伊沢との関係は、どこか悲しい。そしてラストシーン近くでの伊沢の心の持ちようと、何も解からず鼾をかく白痴の姿は、清々しくもあり、またデカダン派(退廃的主義)の坂口安吾ならではの空気感を漂わせている。


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■戦争を通じて彼等が得たもの

Old Japanese fighter

©iStock.com/Ivan Cholakov

この作品は、安吾が終戦後に発表した随筆作『堕落論』(1946年)の次に世に出た小説であり、当時の日本中に大きな影響を与えた。戦後の貧しさや苦しさ、辛さから逃れ、生きる糧を与えた作品なのである

何も解からずただ従うだけの肉体の塊・白痴と共に戦火を走り抜けるシーンが本作のクライマックスでもあり、そこには「美」が存在している。しかしその「美」は、あっという間にかき消される。

伊沢がこれから始まるであろう、平凡で、同僚の悪態を論破できずにいる堕落した生活に戻ることを受け入れてしまう結果、戦争という破壊の王を拒絶したことになるからだ。しかしそれは、裏を返せば「生きていく」ということではなかろうか。

作者は本作を通じて、そういった精神の本来の強さや生きていくことの強さを訴えていると言える。


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■戦争とは?

Atomic Bomb Dome in Hiroshima, Japan. UNESCO site

©iStock.com/joymsk

もしも今、戦火に巻き込まれたとして、我々が伊沢や白痴のような人物になり得たら、果たしてあの様に強く生きていくことはできるだろうか。

空想と多くのニュースからしか得る事のできない情報のみで語るのも危険かもしれないが、昔に比べ、世界で起きている戦争そのものの形態も変わってきてしまっている昨今、そこには安吾の書く「美」や「堕落」など微塵も感じない、ただただ恐ろしいだけの感覚が残る世界が待っているのではないかと思う。

結局のところ、平和に慣れた我々には、『「偉大なる破壊」の戦火により人々は「焼鳥のやうに」死んでゆくという異常な状況下』など、想像に絶するものである。このように過去の文学作品を読んで今と比べてみると、戦争というものに対する自分の意思が深まるのではないだろうか。

※そんな「白痴」が読みたくなったら…

本作を読む前に、先にも書いたエッセイ『堕落論』を是非手に取ってもらいたい。それによって、より面白くこの小説を味わうことができるだろう。

また、『白痴』の描写は大変面白いので、普段ラノベしか読まないような方々でも、各々のキャラクターを“萌化”して読んでも楽しいかもしれない。

なにせ白痴はある日突然、自分の部屋の押し入れから登場するのだから。

(文/芥川 奈於

(文/しらべぇ編集部・Sirabee編集部

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