村上龍があの名作を書く前に言われた言葉とは? 【芥川奈於の「いまさら文学」】
芥川龍之介のひ孫、芥川奈於さんによる文学コラムです。村上龍は、あの作品を書く前、あるアメリカ人に印象的な言葉を言われました。その言葉とは?
いつの時代にもその「時事」を語る人はいる。今回は、日本の「今」を拾い上げることのできる小説家の作品を探ってみた。
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◆文壇に突如現れた新星
『限りなく透明に近いブルー』(1976年)でセンセーショナルなデビューを果たした村上龍。処女作の主人公の名前は「リュウ」といい、明らかに自叙伝的な書き方をしている。
続けて書かれた今回取り上げる作品『海の向こうで戦争が始まる』(1977年)は、そんな彼の2作目にあたる。
ひとつの夢想が成長し展開し、たった1日で終わっていく様を描いているような、そんな内容に仕上がっている。
その夢想の世界は、かつて想像したこともない程の深い深い渦に似ている。主人公の見ている町は、ゴミに埋もれ、基地を持ち、祭りに沸く。読んでいるだけでその場の熱狂が伝わってくる小説だ。
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◆アメリカンドリームを捨てた男の言葉から始まった長編作家への旅立ち
この本を書きあげた直後、村上は、アメリカの作家で詩人リチャード・ブローディガン(1935年~1984年)に会い、2作目がやっと完成したことを報告している。
リチャードは、貧困層や社会的弱者に視点を置いた作品を多く発表していたせいか、当時の本国アメリカではあまり評価をされてはいない作家であった。寧ろ、日本での人気の方が今でも高い。
そして村上は、そんな彼に作品を書き上げた喜びを否定されてしまうのだ。2作目は1作目のノウハウを生かして書けば簡単に仕上がる、問題は3作目だ、と。
せっかく作品を仕上げたのに、リチャードに鼻で笑われた。当時は憤慨した村上だが、その3年後に3作目として長編『コインロッカー・ベイビーズ』(1980年)を書き上げる。
これが、コインロッカーに新生児を遺棄するなどの事件が起きた日本の当時代の波に合い、大ヒットした。彼は同じ名字の村上春樹と共に日本を代表する作家になっていく。
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◆世代を選ばない作品群
2003年には『13歳のハローワーク』という、いかにして仕事を選ぶか・楽しむかを子供に教えるための本を出版。それに対するように、2012年に『55歳からのハローライフ』という短編連作小説も書いている。
ただし、その芯にはブレるところはなく、処女作から自身のインターネット・メールマガジンまで、全ての作品やメディアは、性、暴力、進化する社会・世界の事情――といったテーマでいつも繋がっている。
それは、『海の向こうで戦争が始まる』から変わることのない、恐らく作者の永遠のテーマであるのだろう。
村上龍、というと、どうしても難しい大長編小説を書く作家のイメージが大きいかもしれないが、このように短編を書いたり映画を作ったりもしているので、ぜひ手にとって、目に触れて、彼の世界を味わってみては。
(文/芥川 奈於)