川奈まり子の実話系怪談コラム 殺人ラブホテル【第五夜】
川奈まり子氏による「実話系怪談」連載。
大塚の古いラブホテルでSMプレイ撮影中、次々に怪異に見舞われた。実はそこは過去にSM風俗嬢が殺された殺人事件の舞台で、さらに給水塔内で変死体が発見されたこともあり、幽霊目撃談が相次ぐいわくつきの場所。そうとは知らず、私たちは撮影に臨んだのだった。
2001年の冬、私は『団地妻』というAVの撮影のために北大塚のラブホテルに来ていた。私の役どころは、わけあってSM風俗嬢になった人妻。新米SM嬢としてホテルに出向き、男性相手にサービスする場面を撮影するわけだ。
最初の怪異は、撮影直前、メイクルーム兼私の控室として使っていた部屋の浴室を使おうとしたときに起きた。浴室のドアに近づいてみたら、シャワーの音が漏れ出ていた。ホテル室内の浴室である。私はそれまで部屋の中でスタイリスト兼メイクさんと一緒に衣装を点検していた。誰か部屋に入ってくれば気づかないはずはないと思ったが、部屋のドアを開けていたので、人が入って来られない状況ではなかった。
誰かがそこでシャワーを浴びているのだろうと思うほかない。女優に割り当てられた部屋の浴室を勝手に使うなんて、失礼な話だ。
浴室のドアをノックしたが返事がなかった。「ねえ、誰かいるの? シャワー使いたいんだけど!」と声をかけても応えがない。きっと今日共演する男優だろうと思った。彼とは顔馴染みだ。ふざけているに違いない。ドアノブに手を掛けてみるとロックされていなかった。AV男優の裸をAV女優が見たからといって、どうということもない。私は迷わずドアを開けた。
その途端、シャワーの音が止んだ。ドアを開けて私は愕然とした。浴室には誰もいなかった。シャワーは止まっていたが、湯気がまだ漂っていた。
怖いというより、ただただ不思議だった。そのままそこでシャワーを浴びてもよかったが、メイクさんに止められた。「やめましょう。何か、ヘンですよ」と言い、別の部屋のシャワーを使わせてもらえるようにしてくれた。
やがて撮影が始まった。監督の意向で、男優とのカラミをワンカットで撮影することになった。ラブホテルのベッドでM気のある男の客を言葉責めして満足させなければならない、そういうシーンだ。セリフが多く、SM系だからプレイもややこしいが、フィニッシュまで失敗は許されない――幸い男優と私はうまくやり遂げることが出来た――と思った次の瞬間。
「ウグワアァーッ!!」
男のものとも女のものともつかない、凄まじい叫び声があたりに響き渡った。
男優と私は驚き、次いで2人とも腹を立てた。今のカラミは会心の出来だったのに、これで台無しだ。またワンカットでフィニッシュまで撮り直しなんてことになったら、たまったもんじゃない。ところが、私たちのように怒って当然の監督は平然としていた。カットを掛け、上機嫌で「いやぁ、いい演技だった! パーフェクト!」なんて言って笑っている。
私と男優は顔を見合わせ、2人で口ぐちに監督と、それから周囲のスタッフに向かって、今の声が聞こえなかったか訊ねた。
1人を除き、誰もそんな声は聞いていなかった。1人だけ、日頃から霊感があると言っているADが手を挙げて言うことには、「僕は聞きましたけど、あれはこの世のものじゃありませんよ」。
でも本当に聞こえたのだ! 私と男優さんは納得せず、録画したビデオを再生してもらった。すると、叫び声は入っていなかったのだが――。
「あれ? これは誰だ?」
カラミを演じていた部屋には、窓付きのロフトが付いていた。編集でカットされる冒頭の部分に、その窓のところに誰かがはりついて、カメラの方を見下ろしているようすがほんの一瞬映っている。照明のあたらない場所であり、暗くて顔も性別も判然としないが、確かに人影が立っている。
皆、一斉にロフトの方を見上げた。そこには誰も居なかった。また、その場で確かめたのだが、全員がそこに登っていないと言い、誰かが登るのを見た者もなかった。
そして、東村山市の事故物件スタジオで撮影をしたときに失踪したスタッフが、またしてもいつのまにか遁走していた。彼は何かを見たのだろうか?
撮影後、私は自宅のパソコンを使って、そのホテルについて調べてみた。そして見つけた事件を伝える新聞の記事の一部をここに紹介しようと思う。
『SMプレイ中の死? 同宿の男「殺人」で追う/東京・豊島のラブホテル』
八日午後七時五十分ごろ、東京都豊島区北大塚●の●●の●「●●●●ホテル」六〇五号室で、若い女性がベッドの上に全裸のまま意識を失ってあお向けに倒れているのを従業員が見つけ一一〇番した。女性は救急車で文京区内の日本医大付属病院に収容されたが、同八時四十五分、死亡した。巣鴨署の調べによると、この女性は目黒区中目黒●の●の●、SMクラブ所属●●●●さん(26)とみられ、首や手首にヒモで縛った跡があることから同署は首を絞めて殺害したとみて――
(1988.10.09 読売新聞東京版朝刊)
『風俗嬢連続殺人の山口 自供 』
東京・六本木の高級マンションに住むSMクラブ所属の女性(24)が八月中旬、自室に多額の現金と預金通帳を残したまま失跡した事件で警視庁捜査一課は、別のSM嬢殺害事件で逮捕した宇都宮市の印刷会社営業マン山口幸司(33)の自供に基づき(中略)山口は十月八日、東京都豊島区北大塚、●●●●ホテル客室でSMクラブ所属の女性(26)=目黒区中目黒=が殺された事件で、同十九日、殺人容疑で逮捕され――
(1988.11.08 中日新聞夕刊)
『ホテルの給水塔内に男性の死体 自殺か事故か/東京・豊島』
二十二日午前七時ごろ、東京都豊島区北大塚●の●●の●の「●●●●ホテル」の屋上給水塔の中に死体が浮いているのを従業員が見つけた。警視庁巣鴨署によると、四十歳前後の男性で、身長一メートル六九、やせ形。水色のシャツに茶色のズボンをはいており、死後二日程度経過していた。外傷はなく水死とみられる。同署では自殺か事故とみて身元の確認を進めている――
(1991.12.23 読売新聞東京版朝刊)
はからずも私たちは殺人事件を再現してしまっていたのか……。だから霊が現れた? 私にはわからない。ただ、あの異様な体験とその場所で陰惨な事件があったという事実を結びつけずにはいられないだけだ。ホテル名と住所、及び被害者の氏名は私の自主判断で伏せ字にした。興味がある方は、ここにあるデータから検証してみてもいいと思う。
尚、このホテルは2014年現在でも営業中である。
(文/しらべぇ編集部・Sirabee編集部)