小池百合子 とは
小池百合子は、政治家、第20代東京都知事。1952年7月15日生まれ。兵庫県出身。
1976年、カイロ大学を卒業し、アラビア語の通訳として活動
1979年、竹村健一の世相講談でアシスタントキャスターを務める(~1985年)。
1988年、『ワールドビジネスサテライト』初代メインキャスターを務める。
1990年、日本女性放送者懇談会賞を受賞。
1992年、日本新党に入党。
1993年、第40回衆議院議員総選挙に日本新党公認で鞍替え立候補して当選。
1994年、野党第一党となる新進党の結党に参加。
1996年、第41回衆議院議員総選挙に兵庫6区から出馬し再選。新進党で小沢一郎の側近となり、1997年の新進党解党後は小沢が率いる自由党に参加。
1999年、小渕第2次改造内閣の発足に際して経済企画政務次官となり、第1次森内閣まで務める。
2000年、自由党分裂に際して小沢と決別し連立与党に残留、保守党結党に参加。第42回衆議院議員総選挙で連立与党の推薦を受け当選。
2002年、保守党を離党し保守クラブを経て自由民主党に入党。
2003年、第1次小泉第2次改造内閣で環境大臣として初入閣。第43回衆議院議員総選挙で自民党から比例単独で立候補し当選。第2次小泉改造内閣より内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)を兼任し、2005年夏の軽装化キャンペーン「クール・ビズ」の旗振り役を務める。
2005年、第44回衆議院議員総選挙で東京10区に国替えする意向を表明し当選。
2006年、第1次安倍内閣で内閣総理大臣補佐官(国家安全保障問題担当)に任命。
2007年、女性初の防衛大臣に起用。
2008年、女性として初めて自由民主党総裁選挙に立候補。
2009年、第45回衆議院議員総選挙で比例東京ブロックで復活当選。町村派を退会して無派閥となる。自由民主党総裁選挙により谷垣禎一の下で党広報本部長を務める。
2010年、自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC)設立総会で相談役に就任、自由民主党総務会長に就任で、女性として初めて党三役に就任(~2011年)。
2012年、第46回衆議院議員総選挙に東京10区で当選し、自由民主党広報本部長に就任。
2014年、第47回衆議院議員総選挙で当選。
2016年、東京都知事選挙へ無所属での立候補を表明して当選し、女性初の東京都知事に就任。政治団体『都民ファーストの会』を発足して代表に就任し、自民党に離党届を提出。
2017年、新党「希望の党」を結成して第48回衆議院議員総選挙で民進党との合流を決断するが、野党が2分されると自民党に大敗して野党第一党の座を立憲民主党に奪われ、代表を辞任。特別顧問に就任するが、野党再編で「希望の党」が分裂し、保守系議員らが新結成した「希望の党」から特別顧問就任を打診されるも固辞し、国政からは距離を置くことを表明。
最終更新日:2021-08-27 21:21:05
"小池百合子"の最新情報・ニュース (207件)

舛添前知事、渋谷ワクチン会場混乱で小池知事批判 「接種したくてもできず苦労」

小池都知事、繁華街での人流増加を指摘 夜間の滞留人口の多くは40~50代

藤田ニコル、パラリンピック学校観戦に異論 「大人の特別を子供たちに押し付けすぎ」

菅義偉総理、熱込めたスピーチ披露も小池知事は「ヘリコプター」に興味?

小池都知事、急拡大する感染状況に対して… 「最大の危機を迎えています」

鈴木福、修学旅行中止・延期でトレンド入りの”学生絶望の声”に反応 「見るのが辛いです」

小池都知事、豪雨とコロナは同じ災害だと説明 違いは「見えるか見えないか」

ナジャ、コロナ自宅療養の不安と「大事なこと」を力説 小池都知事には苦言

デーブ・スペクター、首相と都知事の最高勲章に皮肉 「かじったら拍手します」

尾木ママ、コロナ禍での甲子園開催に苦言 「不思議でなりません」

上野動物園、双子パンダの名前募集を開始 ネットではすでに命名合戦が勃発

小池都知事、猛威を振るうデルタ株に危機感 繁華街の滞留人口は減少しているが…