「間違いだらけの鍋奉行」と、一流への道【マッキー牧元の世界味しらべぇ】
寄せ鍋が嫌いだった。
会社勤めの頃、冬の居酒屋宴会は、寄せ鍋比率が高く、当然でしょとばかり各テーブルに鍋が置かれている。もうそれを見ただけで、げんなりとした。
鍋が嫌いなのではない。鍋料理を愛すゆえの、寄せ鍋嫌いなのである。特にあの宴会時の傍若無人さが、許せない。
すでに鍋は、卓上にセットされていて、蓋を開けると、海老、鶏肉、魚、豚肉、野菜類、茸類、豆腐など、様々な具が窮屈そうに入っている。いったいこれを、どう調理しろというのか。一人でムカついていると、必ず、
「わあ~寄せ鍋。豪華だなあ」
と、能天気にはしゃぐ奴が、神経を逆なでする。
大抵の場合は、ここで仲居さんが現れて、
「火をつけますよ。湯気が出るまで蓋はとらないでくださいね」
と、言いおき、どこかへ行く。
魚介や肉、野菜、それぞれの火の通し加減は一切無視した、ごった煮である。耐え切れずに蓋に手をかけると、突然どこからか仲居さんが現れて
「さわらないでください」
と注意し、またどこかへ行ってしまう。いつも思う。仲居さんは、どこから見ているのか。
この間に、海老や鶏肉の身は硬くなり、魚の身を崩し、青菜類から食感と香りを奪い、春菊の色を変色させ、すべての具からエキスを抜けださせているのに、あなたは、「待て」と言うのか。我々は犬ではないぞ。かまうものかと、再び蓋に手をかけると、
「さわらないでくださいといったでしょ」
と、またどこからか仲居さんが現れて怒られるのである。仕方なく、小心者の私は蓋を締める。 これではいけない。寄せ鍋は、ちょいと工夫するだけで、おいしくなるんだよという認識を広めなくてはいけない。正しき鍋奉行の心得と実践を、伝えなくてはいけない。宴会のまずい寄せ鍋は、私にそんな素敵な使命をあたえてくれたのである。こうして考え始め、完成したのが、「一流鍋奉行への道」である。
写真は、理想の寄せ鍋の一つ、神楽坂「山さき」の寄せ鍋である。「蓬莱鍋」と呼ぶこの鍋は、サービスの女性がつきっきりで、鍋を捌いてくれる。具を一気に入れないで2~3種類ずつ入れて、一番おいしくなったところで鍋から引き上げ、よそってくれる。
見てください。カマボコと三つ葉をの上に置かれた車海老の美しい姿を。白菜と舞茸に寄り添う、蛤のお姿を。湯葉とほうれん草を枕にした、鶏の優しき表情を。半生に火が入った帆立が、魚のすり身や銀杏と出会う様を。
これぞ寄せ鍋である。すべての食材が、一番最高の、最もおいしい状態で食べることができる。それが寄せ鍋である。それを本にまとめたのが、拙著『間違いだらけの鍋奉行』である。鍋奉行をすることになったらどうすべきか? 家で理想の寄せ鍋を作るには? 豚しゃぶのおいしい展開とは? 雑炊の極意。鍋料理の歴史。全国の郷土鍋図鑑など盛りだくさんの本であります。 これからの季節、必ずや使える本です。
次回は雑炊の極意~おいしい〆の作り方~をお教えしたいです。
(取材・文/マッキー牧元)