【いよいよ1位】東京のうまいとんかつ屋ベスト10【マッキー牧元の世界味しらべぇ】

2015/03/27 17:00


前回まで4回にわたって紹介してきた、東京のうまいとんかつ屋ベスト10シリーズ。今回はついに第1位を発表しよう。



1位 御徒町「本家 ぽん多」

一点の曇りもないとんかつ定食である。この店のとんかつを食べて、いつも思うのは、「香りの良さ」である。

「本家 ぽん多」のとんかつは、脂と肉の火の通りの差を出さないため、ロース肉の背側の脂を掃除して取り除く。そのためロース肉であるが、脂身がついていない。ヒレ同様の肉だけのとんかつとなる。脂身を掃除して少なくする店はあるが、この仕事は僕が知る限り、当店と代官山の「ぽん太」だけである。

私がヒレカツよりロースカツを選ぶのは、脂身こそ豚肉の魅力であり、脂身と肉を同時に楽しむ喜びがあるからである。

しかし「ぽん多」のそれには、脂身がない。いや正確に言うと、大きな脂身が無いというだけで、肉に刺しこんだ細かい脂はあるのである。だからパサつかない。しっとりとして香りがある。それは脂がきめ細かく刺しこんだ、常に最上質の肉を選んでいる証明である。

ぽん多_ロースかつ

値段は、とんかつが2,625円、ご飯セット525円と高価であるゆえ、ネットでは「コスパが悪い。高い」などという評価もあるようだが、食べこんでいる人なら逆にこの値段がいかに良心的なのかわかるはずである。


香りの魅力は2つある。

衣に歯がサクッと当り、身質が密な肉にめり込んでいくと、豊かな肉汁とともににほの甘い香りが口の中に広がり、なんとも愉快な、笑し出したくなる幸せを運んでくる。「これが豚肉の香りだあ」と叫びたくなりながらも、ほのぼのとした気分を呼ぶ、優しい香りである。

本来香りは、脂身の中に多くあり、肉には少ない。しかし多くあるということは脂が含んだ香りに邪魔されて、本来の肉の香りが味わえないこともある。上質のヒレカツを食べた時に漂う、ほの甘い香りと同じ、肉が放つかぐわしさである。


もう1つの香りは衣にある。サクッと歯触りが軽く、油切れのいい軽快な衣の香りがいい。ラードの甘い香りだけではない複雑さがあるのは、主体のラードに、ビーフシチューを作る際に出る、牛脂などを少量加えているからである。これによって、さらに食欲をワシヅカミする香ばしさをまとって、カツは揚げられるのである。

注文すると、肉をたたく音が聞こえ、衣をつける動作が見え、鍋に投入した気配がするのだが、音は聞こえない。肉が油に入って、水分を揮発させる音がない。低温から徐々に温度を上げていくためである。

ぽん多本家とんかつ蛤 (5)

運ばれたカツレツの、わずかに肉汁がにじみ出た断面は、一面ロゼ色だ。均一にしっとりと火が入っている証左である。この光景だけでたまらない。

衣も、細かく、歯触りがよく、一部の隙もなく肉と密着している。肉と肉汁が、ゆっくり過熱され、ふくらみ、衣を押し上げるように揚げられている。そして舌に、まったく油を感じさせない。

油切れが完璧な衣に歯を立てれば、サクサクッと音が立って、きめ細やかな肉に歯が包まれていく。その途端、肉が香る。ほの甘いような、食欲を炊きつけるたくましいしい香りが追いかける。歯が肉を断ち切る喜びと、豚肉の香りが相まって、「肉を食べているぞお」と叫びだしたくなる。

そんなカツを、2口ではなく、1口で肉の醍醐味を味わえる、均一な切り方もいい。そのため幅が短い端の部分は、やや太めに切られている。

先代から勤める職人の手による切りたてキャベツは、極細で甘く、ソースには華やかな香りがあって、主張しすぎないうまさがカツを持ち上げる。

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甘く香り、艶やかに輝くご飯、胡瓜、白菜、柴漬けのお新香、なめこの味噌汁。いずれも日本の定食としての真っ当を貫いた品があって、清々しい。考えうる限りの理想的な和定食である。

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さらには、3週間半もかかって作られるタンシチューやビーフシチューの比類なきうまさ。小柱、アジ、イカ、穴子、エビなどの魚介のフライは、一流の天ぷら屋も驚く質の高さで、フライという料理の極みがここにある。

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質と技を極めた、真っ当な上質、一流が持つ機能美のような、簡潔な、よどみのないおいしさは、東京の財産である。

隅々まで清潔が行き届いた店内。的確で心のこもったサービス。スムーズな仕事の流れ。料理長である4代目を支える弟さんや番頭さんの正確な仕事ぶり。余計な口を叩かないが、「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」に込められた誠意。日本の古き良き、誠実な食堂の姿がここにある。

「なかなか理想とする豚が少ないんです。ブランドとか産地とか、脂のことばかり言われる肉屋さんが多くて、実際肉を食べてどうだったか伝えてくれる人がいない。毎日が勉強です」

そう話す4代目は、清潔感に満ちた店内で、先代の教えを守りながら、少しずつ改良を重ねたとんかつを、今日も揚げている。

(文/マッキー牧元


とんかつ
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