【川奈まり子の実話系怪談コラム】リフォームの跡【第十五夜】

2015/05/13 19:00


第15夜用

築年数を経ている格安の賃貸物件。立地条件が良く、リフォームされたばかりで室内は新築同様、その他の条件も文句のつけようがない。喜びいさんで引っ越したそんな住まいに、思いもよらぬ落とし穴が――。


仮に彼女の名前を佐藤さんと呼ぶことにする。

佐藤さんは、私の行きつけのネイルサロンのネイリストだ。歳は聞いたことがないが、たぶん20代半ばだろう。腕は確かで、ハキハキした、それでいて角が円い感じのする喋り方が好印象な女性だ。カジュアルな服装の似合う、スレンダーな美人でもある。

4、5年前から月に一度の割合で爪をいじってもらっているので気心が知れており、私は自分のことも何でも話す方だから、当然ながら佐藤さんは私が怪談を書いていることも知っていた。

だからこそ、こんな話を打ち明けてくれたのだろう。



■新居の風呂場で見つけた「謎の空間」

「川奈さん。最近、怖いことがあったので、今日はその話をしてもいいですか? 実は、次に川奈さんが来店したら話そうって、ずっと思ってたんですよ。ずっとって言っても、ひと月半ぐらいですけど。

そんなに前じゃないんです。その、それが起こったのが。それに、なんて言うか……まだ終わってないし。

私、今、すごく悩んでて、だから誰かに聞いてほしいんだけど、ちょっとありえないような変な出来事だし、うかつに話したら馬鹿にされちゃいそうだから、誰にも話せなくて。

だけど、川奈さんだったら、馬鹿にしたり疑ったりしないで聴いてくれると思ったんですよ。怪談、集めてるんでしょう?

……ありがとうございます。じゃあ、始めます。

私には何年か前から付き合ってる彼氏がいて、3月から同棲しはじめたんです。2人ともそれぞれのアパートを引き払って、賃貸マンションを借りて。

ええ。都内です。23区内。

ここからも、彼が勤めてる会社からも、前に住んでたところよりずっと近くなって、なのに家賃は割り勘にすると前よりずっと安いし、それなのに広さは倍以上あるし。

最初は喜んでたんです。彼も、私も。『いいとこ借りれたね』って。築40年以上も経つマンションなんです。だから安いんだろうと思ってました。

でも、引っ越してきてその日のうちに、お風呂場の壁に四角い枠があることに気がついて……。

部屋を見せてもらったときは、舞い上がってたんでしょうね。それに、お風呂場のドアを開けると陰になるところだからかな? 全然、気づきませんでした。

お風呂場の壁に四角く、1センチぐらいの幅のプラスチックの枠が嵌っていて、測ってみたら横75センチ縦80センチもあって。

ええ。大きいんですよ。

しかも、お風呂場のドアに近い方の辺に、取っ手みたいなのが……。よく、ちょっと大きな家だと台所の床に貯蔵庫があって、その扉って、普段は平らにしておけるような、片側を押すと半円形の引き手が出てくる仕掛けになった取っ手が付いてません? あれですよ。

私が見つけて、彼を呼んで、見てもらったんです。そしたら、彼がそこや周りの壁を叩いて、『空洞になってるみたいだから、開けてみよう。何か物をしまえるようになってるのかもしれない』って。

でも、お風呂場の中ですよ? おかしいと思いませんか? そんなところに物置きみたいなものを、普通、作りますか? 中がカビちゃいそうですよね。

でも、とりあえず開けてみたら……中がすごく広くて、びっくりしました。どのくらいって、人が1人、入れるぐらい。屈まないと無理ですよ。でも、屈んでいれば中で向きを変えられるほど、奥行きもあって。

実際、彼がやってみたんですよ。そしたら、楽々入れましたから。彼はそのとき、『閉めるなよ』って言いました。『外から閉められたら、中からは簡単には開けられないから、絶対に閉めるなよ』って。怯えた顔で。

中のようすですか? 中はコンクリート打ちっぱなしです。コンクリートの箱みたいな感じです。

取っ手があるのとは反対側の内側に蝶番が付いていて。うまく説明できないんだけど、取っ手を引くと、ガクンッと扉全体が外に少し引っ張り出されて、そこから横に開く仕組み……なんとなく、わかりますか? けっこう凝った造りですよね?

……いいえ。排水できるようにはなってません。だから、中が濡れたらまずいと思うんですよ。

ね? 目的がわからないでしょう?

こんなわけのわからないものがあるってだけで怖いのに、彼が冗談で『死体を隠してたんだったりして』なんて言ったから、私、本気で怖くなっちゃって、不動産屋さんに電話したんです。

そうしたら、不動産屋さんも、よく知らないんですよ。

大家さんから部屋の運営を任されてるだけなんですって。リフォームしたのは、大家さんで、そういうお風呂場の物置みたいなものは見取り図に載ってないから、わからないって。そんなことあるのかなって思ったけど、点検したときも気づかなかったそうです。

壁に以前の構造物の跡が残っているのは、よくあることだとも言われました。古い建物だからって。言われてみれば、確かに、他の部屋の壁にも、換気口の位置を変えたりしたのかなぁって思うような跡がありました。

ただ、『それに気づかなかったのはこちらのミスだから、もし気になるようなら大家さんに連絡を取って、どうするか相談することは出来ますよ』と不動産屋さんは言ってくれました。

工事して塞げるものなら、塞いでほしいと私は思ったんですよ。だから『お願いします』と言ったんですが……」


佐藤さんは、ここで一旦、話を中断した。

心なしか顔色が冴えない。私は先を促そうと思って、自分の家の話をした。

「うちも賃貸で大家さんがいるんだけど、大家さんが許可しないと工事できないの。佐藤さんのところと同じよ。

それに、うちにも謎の扉があるわよ。うちのは寝室だし、ずっと小さくて、猫なら出入り出来るかもしれないっていうぐらいのサイズだから、気にしてないけど……。

うちの場合は、開けると、小屋裏っていうのかな? コンクリート打ちっぱなしの壁が、15センチぐらい奥にあって、上下左右は真っ暗な空間。鏡と懐中電灯を突っ込んで、中がどうなってるか見てみたの。でも、コードが這ってるのがわかっただけだった」

佐藤さんは弱々しく笑い、「真っ暗な空間というのも、怖いですね」と言った。

「川奈さんは、それをどうかしようとは思わないんですか?」

「あんまり気にしてなかった」

「そうですか。彼と同じですね……」


「彼は、『塞がなくてもいい』って言うんです。『有効利用しよう』って。

『スノコを敷いて、四隅に乾燥材を置いて、シャンプーや石鹸のスペアをしまっておけばいい』

そう言ったんですが、私は、それも厭で、不動産屋さんが来たら、どうにかしてくれってお願いしようと思ってました。不動産屋さんが見にくるって言ったので。そして、その日って、彼は仕事で家に居られないことになってましたからね。

ところが、当日になったら、不動産屋さんはいきなり大家さんも連れてきちゃったんですよ。

それで、大家さんに『ここはこのままにしておいてくれないか』って、真剣な顔して言われちゃって。私は『厭です』って言えなかったんです。

大家さんですか? 80歳ぐらいのお年寄りです。このマンションが新築で分譲したときに買って、家族と住んでいたそうです。でも、ご家族が皆、亡くなったから、貸しに出すことにしたという話でした。

初めに部屋を見せてもらったとき、大家さんも来てたんですよ。そのとき、『家族を全員亡くしたから、辛くて住んでいられなくなった』とおっしゃってましたから。

大家さんの家族構成ですか? 息子さんがいらしたのは確かです。初対面のとき、私の彼氏を見て『うちの息子と同じくらいだ』って言ってたので。

……だけど、よく考えると変なんですよね。彼は27で、大家さんの子供にしては若すぎるでしょう? 歳をとってからの子供という可能性もありますけど。それに、『うちの息子と同じくらいだ』って、何かおかしくないですか?

息子は死んだんですよね? でも、『同じくらいだ』って、どういうことって思いませんか?


私は、それは、亡くなる直前の頃の息子と彼女の恋人がちょうど同じぐらいの年格好だという意味だったのではないかと思い、少しゾッとした。

――浴室の空間を見て、彼女の恋人は「死体を隠していたんだったりして」と言ったそうだが、大家がかつてそこに息子の亡骸を塗り込めていたのだとしたら。

息子は20年ぐらい前に死んでいて、父親によってポーの『黒猫』に出てくる妻のように壁の中に隠されたのである。

秘密を共有していた他の家族――たぶん妻だろう――も死んで、大家は部屋をリフォームした。その際、浴室の壁に隠していた死体を取り出し、何らかの思惑から、壁にあいた穴を埋めることはしなかった。

――すなわち、死体があった空間が、現在あるスペースである。

そんな想像をしたが、佐藤さんをこれ以上恐がらせるのは気の毒で、口にすることは出来なかった。


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■扉から聞こえる「風の鳴る音」。そして彼氏に異変が…

彼女は目を大きく見開き、私の顔をじっと見た。そして話を再開した。

「この話はこれだけじゃなくて、まだ続きがあるんです。

その夜、というのは引っ越した日の夜のことですけど、お風呂に入ってると、壁にあるその扉からヒューヒュー、音が聞こえてくることに気づいたんですよ。小さな音なんですけど、風が鳴るような音が、ヒューッヒューッ……と。

彼は気にするなと言いました。

だから私、お風呂に入るときは、なるべくいつも音楽を鳴らしてます。でも、掃除をするときとか、うっかり何も掛けないでいると、ヒューッて聞こえちゃうから……たまんないですよ。

おまけに彼氏が、その……おかしくなってきちゃって……。

ネイルの大会に出る前、店で練習してて帰りが遅くなったときがあって。帰ったら、妙に遠いところから『おかえり』って彼の声がするんですよ。『どこにいるの?』って探したんですよ。そしたら、お風呂場のあの扉が薄く開いてて、そこから『おかえりぃ』って……。

扉を開けたら、彼が中でうずくまってて、私を見上げて笑いました。『試しに入ってみたら、案外、居心地がよかった』なんて言い訳してましたけど。

……いつから、彼がそこに入るようになったのかわかりません。それは1ヶ月ぐらい前のことですが、もっと前から入ってたんじゃないかなぁ、と。

なぜって、気をつけて彼を見てたら、ほとんど毎日入ってるみたいだから。もしかすると、引っ越してきた日からずっとなのかもしれないと思って。有効利用しようと言ったのは、最初の1回だけで、その後は、私が物を置こうとすると『ダメだ』と言って邪魔するし……。

それで、つい4日前のことなんですが、またいつもより遅い時間に帰ることになって、彼に連絡を取ろうとしたのに、LINEも未読のままだし電話にも出ないし……だから向こうも仕事が忙しいんだろうと思って、帰ってみたら、またあの中にうずくまってて。

ヘラヘラ笑ってるんですよ。私を見て。

その顔を見たらカーッとして、『そんなにそこが好きなら朝まで入ってたら!』と怒鳴って、私、扉を閉めちゃったんですよね。

でも、すぐ『開けろ』って怒るだろうと思ったのにシーンとしてるから、『ふざけないで』って言って、扉を開けました。

3分も経ってなかったんですよ? 閉めてから。

それなのに……なのにね……彼が居なくなってたんです


「えっ?」私は訊き返した。「居なくなってた?」

佐藤さんは暗い目をして頷いた。

「ええ。消えちゃいました。マジックみたいに」


「たぶん、私は疲れていて、それに彼の態度とかヒューッていう音とか色んなことが怖くて、そのせいで頭が変になって、彼がまたそこに居たような気がしただけなんですよ。

その……コンクリート打ちっぱなしの箱みたいな空間には、本当に何も残ってませんでした。

その後、彼のスマホに、慌てて、すぐ声を聞きたかったから電話を掛けたんです。そうしたら、彼が出て、私は立ってられなくなるほどホッとして……。

でもね、彼は『おまえがそんなことをするとは思わなかった』って電話の向こうで怒ってるんです。

そして、『扉を閉めるなって言っただろう?』と。

閉めるなって言ったって、彼はここにいないのに。

私は『えぇっ?』って混乱しちゃって、何がなんだかわからないって思いながら、焦って『今どこにいるの?』と訊いたんですが……。

彼はそれには答えなくて、『同じことをしてやるから、おまえも入れ。入って待っとけ』って」


「それで……入ったの?」

私がそう訊ねると、佐藤さんはゆっくりと首を横に振った。

入りませんでした。恐いから。

彼は私がその中に入るまで帰らないと言って、電話を切りました。

彼は、その夜から今日まで、日に何度か電話を掛けてきて、『そろそろ入ったか?』とか『いい加減、中に入れ』とか言ってくるんですが、とてもじゃないけどあそこに入る気にはなれません。

……もしかしたら彼は死んでるんじゃないか。黄泉の国から電話を掛けてきてるんじゃないか。

そんな想像もしました。

そう思ったら、もう、怖くて怖くて。だったら、あれに入ったら、私も死んじゃうってことになるじゃないですか?

彼のことも心配でしたよ。だけど、電話は掛けてくるし。電話の声は、別に死んでるみたいじゃなくて、いつもの、不機嫌なときの彼の声だし。

だから、昨日ですけど、思い切って彼の会社に電話を掛けてみたんです。会社に電話するなって言われてたんですけどね。でも、こっちからLINEしても読んでくれないわけだから、しょうがないですよね?

部署とかはわかってますから。彼の名刺も持ってますし。……そしたら、会社の人が出て、彼、ちゃんと出勤してるって!

でも、うちに着替えや何かは全部置きっぱなしだし、私の留守中に入った形跡もないし。たぶん、実家に帰ってるんでしょうね。彼の実家は神奈川だから、会社に通えないこともないんですよ。

そっちに電話して確かめたいんだけど、彼の実家の電話番号を私、知らなくて。そうですよね。調べればいいんですよね。でも、もしも実家にも帰ってなかったら? 実家にいるかもって思えるのが今の私には唯一の救いだから……。

昨日、会社に電話したときは、何か忙しかったようで電話口に出てもらえませんでしたが、同じ会社の人に『どんなようすですか?』と訊いたら『普通にしていらっしゃいますよ』ということでした。

今日も、彼は帰ってこないと思います。私が、あそこに入らないかぎり戻ってこないつもりなんですよ、きっと。

……ねえ、川奈さん。私、どうしたらいいと思います?」


私は返事に窮した。

そのとき、佐藤さんのスマホが鳴った。

彼女はそれをデニムパンツの尻ポケットから取り出して、液晶画面を一瞥すると、眉間に皺を寄せた。

「電話。彼からです。聞いてみますか?」

なんとなく薄気味悪く感じ、断ろうと思ったのに、私が口を開く前に、彼女は着信に応答したかと思うと、無言で私の耳にスマホを押しつけた。

「まだ入らないつもりかよ。入れよ。入れったら入れ!」

若い男の声の背後で、ヒューヒューと風が鳴っていた。

(文/川奈まり子

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