芥川賞受賞の又吉直樹『火花』 芥川龍之介のひ孫はこう読んだ!
お笑い界から初の芥川賞受賞となった又吉直樹のデビュー作『火花』。今回は、その受賞を記念して同作を取り上げてみよう。
■あらすじ
売れないお笑い芸人の僕・徳永は、花火大会の夜の営業で先輩芸人・神谷に出会い、その圧倒的な存在感に惹かれ弟子入りを申し出る。
自分の伝記を書いてくれるなら、ということを条件に神谷のもとへ弟子入りした徳永。それ以来ふたりは何かとつるむ様になり、徳永はいつも神谷に奢ってもらっていた。
しかし神谷は、やがて借金で首が回らなくなり行方不明に。徳永も相方の事情でコンビを解消することとなり、やがてお笑いの世界から離れていく。そして久しぶりに神谷と再会した徳永が見たものとは…。
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■大人と子供の隙間が書かれている、まさに旬な「今」。
徳永も神谷も年齢は30前後であり、中高生や遊びたい盛りの大学生のような子供ではなく、また中堅サラリーマンや、それこそ大御所のお笑い芸人というわけでもない。
そしてこの小説には、リアルな地名や細かな金銭のやり取り、そして数少ない登場人物との脳裏に浮かびやすい情景が、これでもかという位に描かれている。だから読者にとって、それは手に取る様に解かる内容なのだ。
それを書けるのも、今、最も「旬」であるお笑い芸人だからなのかもしれない。
一時期の、一発屋とも言われる芸人たちを生み出していた「ブーム」を少し超えた先の、実力者だけが残った「今」そのものがはっきりと映し出されている本作は、臨場感溢れる作品と言える。
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■2000冊の本を読破した男が言いたいこと
奇抜な笑いを好む師匠・神谷と、神谷に教えを乞う徳永。ふたりの携帯メールでのやり取りは常にユーモアがあり、会話も勿論面白い。だが、その隙間に入る文章が、時折現実感を突きつけていくのだ。
真っ直ぐに進むストーリーのなかに、実は「笑いとは」、そして「才能とは」、更に「生きていくということとは」、つまりは「人間とは」という重いテーマが隠されている。
本作は、一見すると物凄く軽いストーリーのように感じられるかもしれないが、そこは2000冊以上の本を読破した作者、とりわけ太宰治等に傾倒している人間の書いた作品であることを忘れてはいけない。注意深く掘り下げて読めば読む程、味が出るのだ。
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■又吉直樹の持つ「優しさ」
本作は現代のお笑いの世界が舞台になっているため、ふいに、やや乱暴な言葉や行為が出てきたり、酒に溺れ女のヒモになったりする生々しい芸人の姿も書きつけられている。
また、後輩芸人があっさり先輩芸人の自分たちを抜いていくという厳しい現実も同じく記されているし、なにより結末の神谷の行為はとても悲しかったりする。
しかし、そこには汚らわしさや狡さ、悲観的な感覚は存在しない。作者はそれを全て優しさで受け止め、無下にせず、やんわりと抱きしめるような文章で締めくくっているのだ。
これは「又吉直樹」という人物の持つ「優しさ」なのではなかろうか。負の要素が集まった小説のなかでは、この現象はとても珍しく興味深いものである。
※そんな「火花」を読みたくなったら…
芥川賞受賞作ということで、今現在は嫌というほど本屋に並んでいるはず。まずはその目で「お笑い界の文豪」の処女作を是非確かめてほしい。何ものか解からない、恐らくはありとあらゆるものが包まれていると思われる表紙画は面白い。
また、本作を読んだうえで本職のお笑いコンビ「ピース」の漫才やコントを観てみるのも楽しい。今までとは違った目線で観ることができるに違いないだろう。
(文/芥川 奈於)