難解な安部公房『箱男』を何回でも読みたくなる読み方【芥川奈於の「いまさら文学」】

シュールレアリズムの作品は、そうはいってもやはり難解であったりするが…

2015/06/06 10:00

sirabee0606akutagawa

世の中には大きく分けてふたつのタイプの人間がいる。

ひとつは、目に見えた世界をそのまま脳裏に写し取り言葉にするタイプであり、もうひとつは、世の中の全てを自分の中で解釈し直し吐き出すタイプだ。

今回の作品の著者は、正に後者である。そんな安部公房の書いた『箱男』(1973年)とは一体?


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■あらすじ

ダンボールの箱を頭から被り、都市を彷徨う主人公・箱男。この作品は、その「箱男」の記録である。彼は箱を被ることで身体を社会から隠蔽できるのだ。すると彼は社会にその身を置きながらも、全てからの帰属を捨て去ることも可能になる。


そんな「箱男」は、実は元カメラマンでもある。ある日、彼は都市を徘徊中に出会った若い看護婦に「5万円でその箱を買いたい」と言われ困惑する。しかし彼女に欲望を抱いてしまった故に、彼女の勤める病院へ通いつめ、その裸体を覗く快感を覚えてしまう。


そして主人公は箱男から箱を買い取ろうとした医者の「偽箱男」、「少年D」、「露出狂の画家・ショパン」と移っていく。この記録を取っている真の主人公は誰なのか? 果たして…。


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■奇才の描くシュールレアリズムの世界にあなたはついていけるか?

奇抜で不条理をあらわす前衛小説「シュールレアリズム」の巨匠・安部公房の作品は、摩訶不思議な世界を描いたものが多い。『箱男』の他、代表作では『砂の女』や『棒になった男』などがある。

安部公房の作品の多くを、人によっては難解に思うかもしれない。しかし、ある一定の視点で読めば、割とテーマが絞られてくる

この『箱男』では、「主人公は誰なのか?」という絡まった謎が謎を呼んでいくところに醍醐味があるが、その前に「元カメラマン」の血が騒ぐ看護婦の裸体を覗くシーンに異様に力を入れているところに注目してもらいたい。


そう、安部公房の作品は、結構エロかったりする。看護婦はあっさり脱いでしまったりもするし、またその裸体への表現が普通の作家とは一風違ってどこかおかしいのである。

先に書いた「世の中のすべてを自分の中で解釈し吐き出すタイプ」の彼独特の文章は、読んでいて軽快であり、「そこまでイクか!」とひれ伏すしかなくなるのだ。


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■では、その「箱男」の正体は?

Man with cardboard box on his head and sad face expression

©iStock.com/stevanovicigor

ストーリーのはじめでは、「箱男」は紛れもなく元カメラマンの男であり、所謂「プチ世捨て人」でもある。

しかし、読んでいくうちにその中身は次々と移り変わる。だが、本文としてのあらすじ、つまり小説『箱男』(の記録)はどんどんと進んでいくのだ。あたかもひとりの人物が書き続けているように。

結果、「箱男」とは、人物としては存在しない「とある視点」なのかもしれない。看護婦を観ている視点、そして箱男という「何か」として見られる視点の関係性が重要なキーポイントになっていると考えれば、この作品をより理解できる。


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■あなたの周りの箱男

Man with cardboard box on his head and terrified look skethed

©iStock.com/stevanovicigor

では、「箱の中で暮らす」とはどういうことなのか?

昭和44年発行『ユリイカ』8月号で、作者・安部公房はこんなインタビュー回答をしている。

「一方ではある対象は簡単に意識を通り過ぎて行きます。でも他方では通過しないで引っ掛かってしまう対象もあります。あるときには対象は意識の中にあるものと同一視することが出来ますが、別なときにはそれは意識にとって障害物と見なされます。この両極端のあいだを直視するのが、小説の役割です。」

この作品の趣旨は、正にそういうことである。

小説は作者によって自由に書ける世界共通の「作品」であるが、この「箱男」のような括りある世界で生きている者にとっては、一度は箱の中で暮らしてみる、つまり、視点を狂わせて生きていくことも大事であるというひとつの教えが詰まっている。

あなたの周りにも、一度は「箱男」になったほうがいいのでは、と思える人はいないだろうか。

※そんな「箱男」を読みたくなったら…

シュールレアリズムの作品は、そうはいってもやはり難解であったりする。しかし、もっと気楽にこの世界に浸かって読んでみると、案外すらっと頭の中に入ってくるものである。

「あーあ、俺も箱男になりたいな~」とか「看護婦の描写はエロいな~」とか、そういった簡単な窓口からでもいい。その積み重ねで、きっとあなただけの『箱男』が完結することだろう。

(文/芥川 奈於

(文/しらべぇ編集部・Sirabee編集部

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