【川奈まり子の実話系怪談コラム・第21夜】メリーゴーランド

2015/08/05 19:00

sirabee0805kawana001

伊藤さんは37歳の会社員で1児の母だ。

子供は娘で、現在4つ。保育園の年中さんだ。

去年の夏、遊園地デビューさせて以来、しきりに遊園地に連れていけとせがむようになったという。 わかる。うちの息子もそうだった。

息子は、小学生以下の幼児が乗れる乗り物はごく限られているにもかかわらず、遊園地に特有の永遠の祝祭気分や華やかな色彩、アメリカンドックやポップコーンなどの屋台の食べ物に惹かれたようだ。

息子があまりに楽しそうにするものだから、つい、休みの日というと都内近郊の遊園地へ連れていく――そんな時期が我が家にもあった。

伊藤さんも、この1年間で、都合10回は遊園地に行ったという。

東京の飯田橋に住まいがあって、最寄駅から大江戸線で乗り換えなく行ける範囲内に2つ、いや、上野公園の小さな乗り物コーナーも含めれば3つも遊園地があるがゆえに、と彼女は弁解した。

「でも、このまえ行ったときに怖いことがあって、私は遊園地が厭になってしまって。なのに娘は行きたがるから、困ってるんです」

それは7月13日の月曜日のことだった。

その日、伊藤さんは、勤めている会社が創立記念日で休みだったので、娘にも保育園を休ませて、沿線上にあるうちでいちばん大きな遊園地へ連れていくことにした

いつもは土曜か日曜に夫も一緒に行くのだが、娘は近頃、だいぶ聞き分けがよくなってきて、伊藤さんひとりで連れて歩いてもそう苦にならない。

夫が出勤し、朝食の後片づけや掃除を済ませると、さっそく家を出発した。

「思いつきじゃなくて、金曜日から計画を立てて、遊園地に行ったんです。月曜日、私だけ休みだからどうしようねって夫と話し合って。土日は3人で私の実家へ泊まりがけで遊びに行ってました。

そのとき、うちの両親が明日からお盆だねと話しはじめて、でも、夫は地方の出身だからきょとんとしちゃう。そんなことがありました」

伊藤さんは何代も前から東京に住みついているちゃきちゃきの江戸っ子だ。

ご実家では昔から、7月の13日から15日に盂蘭盆会を行う慣わしだという。東京者にはこういう人も多い。

かくいう私の生家も、いつのまにかお盆の行事そのものを墓参り以外やらなくなってしまったが、かつてはそうだった。

元々、東京者は7月にお盆をやったのだ。ところが、世間ではいつのまにか8月に盆休みを取ることがあたりまえになってしまい、次第にその雰囲気に呑まれて東京のお盆はひと月後に延ばされていった

そうした変化は昭和のうちに起きた。だから、若い人たちは知らないのではないかと思う。

30代後半の伊藤さんぐらいが、東京の盆が早かったことを記憶に留めている最後の世代ではあるまいか。

ともあれ、そういうことがあったので、伊藤さんは、その日は朝からお盆を意識していた

「そのせいというわけでは、ないんでしょうけど……」

ちなみにその日は全国的に猛暑日だった。 この稿を起こすにあたって気象庁の記録を確認してみたところ、東京は前夜、今年(2015年)最初の熱帯夜に見舞われている。



 

■姿の見えないトモダチ

朝から焦げつくように暑く、開園時刻の10時ちょうどに入園した伊藤さん母子は、当初の予定を変更して、園内にあるプールで水遊びをすることにした。

「本当は、小さい子向けの乗り物で遊ばせて、屋台のもので簡単にお昼ご飯を済ませたら、引き揚げるつもりでした。たいがい、いつもそうしてるんです。

帰りがけに大江戸線沿線上のどこかのデパートに寄り道するか、うちの近所のスーパーマーケットで夕飯の材料や日用品の買い物をして、午後の早い時間に戻って来られるように心がけてました。娘は、まだ昼寝が必要な年齢ですからね。

でも、あの日は朝からとんでもなく暑かったでしょう? それに、遊園地のある駅の構内や、乗っていった電車の中で楽しそうなプールの広告を見ちゃいましたからね。

それで、ああ、もうプール開きしてたんだぁって、出掛けてから気がついたんです。そうしたら、娘もですけど、私自身、プールで遊びたくなっちゃって……」

遊園地に着いてすぐ、伊藤さんは園内の売店で水着と日焼け止めを買った。

「思わぬ出費でしたけど、これから夏の間どうせ使うものだからと割り切ることにしました。娘の水着は去年まで着てたのは小さくなってたし、私のは娘を産むずっと前に買ったっきりで、いいかげん型が古くなってたし、いい機会だと思って。

娘は大喜びしてました。電車でプールの中吊り広告を見たときから、行きたいって言ってましたから。それに、買ってあげた水着を、とっても気に入ったようで、ママ、写真撮ってって……」

新品の水着を身につけて、うきうきと2人はプールへ行った。 流れるプールや波の出るプール、子供向けのプールなどで遊び、プールサイドでお昼ご飯を食べた。

午後になったが、娘はまだ遊びたがり、伊藤さんも、せっかく来たのだからと、もう少し居ることにした。

「私も浮かれてたんだと思います。夫をびっくりさせようと思って、娘と写メを撮って、夫の昼休み頃に、いきなり送ったりしたんですよ。

遊園地にいると思ったら、私も娘も水着を着てるでしょ?夫は本当に驚いたらしく、そんなこと滅多にないのに、ラインじゃなくて電話で返事をしてきました。

夫は娘に夢中ですから、今年の夏初めてのプール遊びを一緒に出来なくて悔しかったみたい。でも、怒ってるってほどでもなくて、ただ残念がっていて、それで私に、たくさん写真や動画を撮ってきてくれって……。

午後になっても遊園地に居たのは、そのせいもあると思います。なんとなく、夫からもっと遊んでいいって許可をもらったような、むしろもっと遊べと言われたような気がしたんですよ」

そうは言っても、午後2時半頃、伊藤さんは、そろそろプール・コーナーから出ようかと思いはじめた。

娘を着替えさせて、自分もきちんと身なりを整えるには、それなりに手間取る。暗くなる前に買い物を済ませて帰宅しようと思えば、あまりのんびりしていられない。

そこで、まずは娘と交代でトイレに行った。娘に先に済まさせて、そこで待っているように言い聞かせ、自分も用を足した。

ところが、個室から出ると娘の姿が見えない。伊藤さんは慌てた。 幸い、娘はすぐに見つかった。

トイレから近い、小さい子向けの浅いプールにしゃがみこみ、ひとりで遊んでいるのが目に入り、ホッと胸を撫でおろす。

伊藤さんが呼ぶと娘は顔を輝かせ、上機嫌で飛んできて、こう告げた

「ママ、お友だちができたよ」

3、4歳の子供というものは、遊園地や公園で少し会話をして数分遊んだだけの相手を「お友だち」だと認識することが珍しくない。

前にも似たようなことがあったので、「あら、そう」と応えて、伊藤さんはあたりを見回した。

即席の「お友だち」であっても、「仲良くしてくれてありがとうね」と言ってあげるのがマナーというものだと思っていて、いつもそうしていた。 しかし、今回に限って、それらしい子供は見つけられない

「どの子?」

と訊ねると、娘は、さっきまでいた子供用のプールを振り返り、

「あの子」

と指差した。

ところが、そちらの方には人がいっぱいいた。子供らの親らしい大人や年かさの少年少女も何人も混ざった人込みで、小さな子も大勢いた。

そのせいで、娘が指しているのがどの子なのか、わからない。そこで、

何色の水着の子?」

などと娘に訊ねたが、娘の答えは

「色は忘れた」「ふつうの水着」

などと、さっぱり要領を得なかった

「それで、もう出るんだし、まあいいや、と。娘もあっさりしたもので、バイバーイってそっちに向かって手を振って、私についてきました。

それからシャワーを浴びたり、更衣室で着替えたりして、私が化粧を直してる間に、娘をスマホのゲームで遊ばせて……プール・コーナーから出たときには、3時をとっくに過ぎてました。

お昼寝させそびれちゃったから、せめて早く夕食を食べさせて8時に寝かせようと考えて、急いで帰ろうねって娘を急かしたんですけど……」


関連記事:【恋愛】デート場所で判別!「仕事ができるイケメン」は○○に誘う?

 

■鏡に映り込む、少女の頭部……

2人の前に、メリーゴーランドがあった。

「あの遊園地って、園の出入り口へ向かおうとすると、どうしたって、メリーゴーランドの横を通ることになるんですよ。

メリーゴーランドは娘にも乗れる数少ない乗り物のひとつで、しかも、最近、独りで乗れるようになったばかりなんです。

たいがいどこの遊園地でも似たような制限を設けてるんですけど、あそこの遊園地では身長が110センチ未満のうちは親がすぐそばに付き添っていないと乗れないんですよ。

娘は歳のわりには大きな方だけど、4歳の誕生日を過ぎてだいぶしてから、ようやっと……。

だもんで、独りでお馬にまたがって乗れることが、まだ自慢で、嬉しくてしょうがないみたいで、毎回、乗りたがるんです。そこで見ててねって言って、走って行っちゃうんですよ」

伊藤さんは、娘をメリーゴーランドに乗せて、スマホで動画を撮ることにした。

夫が「動画も」と言っていたのに、プールではあまり動画を撮らなかったことを思い出したのだ。

娘が選んだのは、最も外側の列にある白馬だった。 その馬より内側にも馬があったが、そこは空いていた。

「でも、娘がしきりとそっちを振り返るんですよ。虫でもいるのかな、ぐらいにしか思わなかったんですけど……」

やがて、メリーゴーランドが回転しはじめた。 その遊園地のメリーゴーランドは、世界的に貴重な文化遺産として2010年8月7日に『機械遺産』に認定されている、たいそう豪華で立派なものだ。

1907年にドイツで造られ、当時は世界最大のカルーセル(メリーゴーランド)だったという。

24体の木馬、ゴンドラ、馬車、天使や女神などは木製で、その頃全盛だったアールヌーボー様式の豪華な彫刻が手彫りで施されている。

第一次大戦前にアメリカに渡った後、日本のその遊園地に移築されたのは、1971年。 現存する最古のメリーゴーランドだそうだ。

私自身にも、幼児の頃にあれに乗った記憶がある。 心躍る体験だった

黄金や純白に塗られた優美な彫刻や、深紅の緞帳、大きな鏡などに囲まれた空間は、そこだけ絵本に出てくる西洋のお城のようで、馬に跨って揺られると、王子さまと一緒に馬に乗っている白雪姫や眠り姫を思い浮かべずにはいられなかった。

幼い日、メリーゴーランドは夢の世界だった。 娘が手を振ってきた。

「ママー、行ってきまーす!」

伊藤さんはスマホで動画を撮りつつ、片手で娘に手を振り返した。

「行ってらっしゃーい」

浮世離れしたオルガン曲が鳴っている。

メリーゴーランドでしか聴けないようなものだから、この世のものでないような、不思議な感じがするのだろうと伊藤さんは思った。

「ちょっと不気味って言うか、退廃的な感じがしませんか?メリーゴーランドの音楽って。あと、あの大昔のヨーロッパ風のデコレーションも……」

メリーゴーランドは、こうしてよくよく見ると、さすが古い物だけあって傷みも目立つが、そんな瑕疵は娘の目には入らないようだ。

満面の笑みのまま、揺れながら回ってゆく。 娘が伊藤さんを振り向くのをやめて正面を向くと、その横顔が中央の鏡に一瞬映った

「……?」

娘の奥、つまり、より中心に近い側に、娘ではない別の子の頭が映ったように思って、伊藤さんはスマホから目を外し、じかにメリーゴーランドを見た。 娘の小さな背中が遠ざかる。その隣の馬は、やはり空いている。

「気のせいだろうと思いました。でも、なんだかゾクゾクしてきちゃいました。そういえば、さっきプールでお友だちが誰だかわからなかったなぁって……今日は盆の入りだし……」

馬鹿なことを考えるのはよそうと思い、半周してまたこちら側に現れた娘をスマホのレンズで捉えた。

「ママー!」

娘はまた手を振ってくる。腕だけでなく、全身が躍動していた。笑顔を弾けさせ、心の底から楽しんでいる。

「ああいう単調で全然スリルもない乗り物を、あんなふうに純粋に楽しめるのは、今だけだよなぁって思いました。いつもだったら、そんな娘が可愛くて、撮りながらニヤニヤしちゃうんですけど……」

しかし、今回は鏡が気になった。さきほど映ったのは何だったのか。

「メリーゴーランドの柱に取りつけてある鏡なんです。そこに乗っている人が映るわけですけど、ずっと映ってるわけじゃないんですね。馬が上にせり上がったときだけ、ちょっと映って、すぐ下に引っ込んじゃう。

おまけに、そもそも鏡に字や何かがペイントされてるし、古いから曇ってるし、映ってるものがわかりづらいんです。

それに、肉眼で見れば確かに娘の隣の馬には誰も乗っていないわけですから、やっぱりさっきのは見間違いというか勘違いなんだろうって……」

けれども、やはり、奥の馬がせり上がると、再びそれは映った。

「黒い頭が……。小さな子供の頭みたいに見えました。子供の髪って瑞々しいじゃないですか? ああいうウルッとしてツヤッとした髪を生やした、ちいちゃな頭でした。

なんで子供だと思ったかと言うと、大人だったら座高が高いから顔まで鏡に映るところが、頭のてっぺんしか映らないから。……見えたとき、心臓が止まるかと思いました」

伊藤さんはスマホを取り落としそうになった。 撮影を中断して、メリーゴーランドの回転に合わせて、娘の後を追おうとした。

「確かめなきゃって思って。……ううん、それもあるけど、なんか、わけもなく、うちの子が危ないって思って、大慌てでした。でも、慌てたせいか、私、足がもつれて転んじゃったんです」

膝をしたたかに地面に打ち、そんなに酷くはないが、少し足首も痛めてしまった。

肩に掛けていたトートバッグも落とし、バッグの中身が地面に転がった。 ようやく立ち上がれた――そのとき、再び娘が回転するメリーゴーランドの向こうから現れた。

「それで、私はまたスマホを構えました。後になってみたら撮影してる場合じゃないと思ったんですが、あのときは、娘に、ママなんで撮らないのって訊かれたら困るなとか、いや、あれは絶対に気のせいだから、こんどこそ何もおかしなものは見えないから大丈夫だとか、なんか頭が破裂しそうに、ワーッといっぺんにいろんなことを考えて……」

歯の根が合わないほど震えている伊藤さんの前へ、回転する木馬が娘を連れてくる。たゆたうように上下に揺れながら

その隣の馬も揺れながら回ってきた――少女を乗せて。

「娘と同じ年頃の子でした。眉の上で前髪を切り揃えた、おかっぱ頭の、白っぽいワンピースの女の子が、娘の方を向いて、馬に乗ってるんです。スマホの画面だけを見ていたら、そこにそういう子がいるとしか思えませんでした

でも、肉眼で確認しようとすると……スマホから顔を離して実際にメリーゴーランドを見ると、そんな子は居ないんです。だけど、娘は女の子を振り返って何か話しかけていました。

あの子には、見えてるんですよ。それから娘が私に手を振って……そしてメリーゴーランドが止まりました」

メリーゴーランドを降りてきた娘に、伊藤さんはおそるおそる訊ねた。

「隣のお馬さんに、お友だちが乗ってなかった?」

娘は笑顔でうなずいた。

「乗ってたよ。プールで会った子だよ。でも、どっか行っちゃった」

馬を降りて振り返ると、もうそこには居なかったのだと娘は言った。

「スマホの画面では、最後は透き通っていくみたいになって、消えていったように思ったんですが」

伊藤さんは、夜遅く、夫が帰ってくるまで録画したその光景を見ることができなかった。

「勇気が出なくて、無理でした。なんだか、スマホに触るの怖いような気がして。夫が帰宅して、そのことを話して……そしたら最初は嗤われちゃったんです。

でも、とにかく見ればわかるからって言って、メリーゴーランドの動画を一緒に見てもらいました」

その時点では、伊藤さんは、怪しい女の子など映っていないのではないかと期待する気持ちもあったそうだ。

「もし映ってなかったら夫には馬鹿にされるでしょうが、あんなものは存在しなかったって明らかになる方が、怖いのよりマシです。

陽にあたりすぎて一時的に頭がおかしくなってたんだって夫に言われて、本当にそうかもしれないそうだったらいいなと思ったんですよ」

しかし、少女は映っていた。 1周目と2周目は、鏡の中に頭だけが。 そして最後の周では、娘の隣の馬に跨って、画面の奥から現れてきた。

こちらへ回ってくる。 音楽に乗せて、娘と並んで、揺れながら来る。

娘がスマホのまん前まで近づいたところで、メリーゴーランドが止まった。オルガンの楽曲が鳴りやむ。 娘の後ろの馬に少女が乗っている。

その子は、馬から降りながら、みるみる姿を薄れさせていったのだと伊藤さんは言う。

 「足が床に着く頃には見えなくなっていました。
うちの子もそうですけど、4歳くらいの子だと、ああいうのから降りるのに、けっこう苦労するんです。
その子もよいしょよいしょという感じでモタモタ降りて……ちゃんと床に降り立つ前に、消えちゃいました」

私は、その動画を是非とも見たかったのだが、残念なことに、伊藤さんは夫に言われて、データを消去してしまったのだそうだ。

「持ってると『貞子』みたいにこっちに来るぞって脅されました。幽霊なんか絶対に信じないタイプの人だったんですけど、動画を見せたら、私よりも怖がっちゃって、消せ消せって大騒ぎ。

特に、最後の方で、女の子が、チラッと私の方を見るんですが、それがもう、恐ろしくてたまらないと言って。

別にそのとき女の子が怖い表情をしてるというわけじゃないんですよ?むしろ笑顔で、それもとっても無邪気そうで、可愛い顔をしてました。うちの子と同じで、メリーゴーランドを楽しんでたんだと思います。

消えてしまうまでは、生きてる子供と変わりませんでした。でも、その前は鏡の中だけだったり、急に最後に現れたりしたから、人間じゃないことは、もう明らかだったんですけどね」

プールで撮った写真には、女の子の姿は映っていなかった。

「水着を買ってあげたせいもあって、また、あの遊園地に行ってプールで遊びたいと娘が言うんですけど、私は、当分の間はあそこは行きたくないんですよ。

でも、この辺の遊園地でプールがあるところはあそこだけだし、郊外の遠い所まで行くのは大変でしょう? それに、遊園地そのものが……とくにメリーゴーランドが、あれ以来、なんか怖くって。

だけど、どの遊園地に行っても、娘は必ずメリーゴーランドに乗りたがるに決まってますからね」

伊藤さんは溜息をついた。 私は、八月のお盆休みにどこかに行く予定はないのかと訊ねた。

「家族で沖縄に行きます。海デビューさせようと思って。……ああ、そうか。海を見たら、遊園地のプールにあんまり行きたがらなくなるかもしれませんね?」

海も遊園地のプールも、どちらも大好きな私の息子のことを鑑みれば、それはどうかと思ったのだけれど、そうも言えず、

「かもしれませんよ」

と私は応えた。

――子供というのは、どんどん成長していくものだ

メリーゴーランドにも4、5歳までは親が背を支え、馬から転がり落ちないようにして乗らせてやっていたのが、ちょっとすると、伊藤さんのお嬢さんのように独りで乗れるようになる。

かと思ったら、うちの10歳にある息子なんかは、もうメリーゴーランドには全然乗りたがらない。

遊園地では絶叫マシーンに片端から乗って乗って乗りまくり、プールでも、親なんかプールサイドに置き去りにして、ウォータースライダーに何度も乗ってスリルを満喫するのに忙しい。

今はこんな調子だが、あと何年かすると、息子は遊園地そのものに、たいした求心力を感じなくなるだろう。

彼女とデートに行く以外には、あるいはナンパ目的でうろつく以外には、あまり価値を見い出さなくなるのではないか。

そして、いつかは、息子にプールサイドに置いていかれても、追い駆ける気力も体力もなく、パラソルの下でビールを飲みながらダラダラする私のような中年になる。

――永遠に幼いままの少女には、古いメリーゴーランドがよく似合う。

(文/川奈まり子

Amazonタイムセール&キャンペーンをチェック!

コラム遊園地怪談子供の幽霊お盆
シェア ツイート 送る アプリで読む

人気記事ランキング