【川奈まり子の実話系怪談コラム】禁を破ると……【第二十四夜】

2015/09/16 19:00

sirabee0916kawana001

中一の二学期、とある週末、仲良くなった女友だちの家へ泊まりがけで遊びに行った。 小学校では学区が違い、入学するまでは会ったことがなかった女の子だった。

中学に入ってたまたま同じクラスになり、急速に親しくなったが、一学期の間はまだ付き合いが学校内に限られていた。 家に行くのも初めてだった。

公園で待ち合わせをして、彼女に連れていってもらったのだが、ずんずん山の中へ入っていくので驚いた。

山の中といっても、人が踏み固めた小路はある。両側を木々に挟まれた小路を歩いてゆくと、やがて目の前が急に開けて、車がギリギリ擦れ違えそうな幅の、舗装された道に出た。

道の両脇に、桑畑や野菜畑、鶏舎などがあり、私のうちや通っている中学校のある住宅街とは別世界にさまよいこんだように感じた。

トンネルを抜けると……ではないが、山の木立を抜け出たら、いきなり田舎の景色が広がっていたわけだ。 友人の家も、昔ながらの田舎らしくて、たいそう古風な茅葺屋根の農家だった。

正確には、彼女の両親が古い農家を買い取って、改築して一家で住んでいたのだ。家の外観は、ひどく古めかしかったが、中は快適で、トイレや台所は現代風に直されていた。

ただし、風呂だけは別で、元々そうだったように、家の外にあった。風呂場があるのは庭の隅で、勝手口か縁側から出て、四メートルか五メートル、たいした距離ではないが、飛び石が置かれた小路を少し歩いていかなければならなかった。

夕食後、風呂を使わせてもらった。 風呂場の建物の庇の下に照明器具が取り付けられていて、飛び石を照らしていた。また、庭の反対側の隅には誘蛾燈もあったので、歩くには充分な明るさが確保されていた。

風呂場も、中は今風に改造されていた。入浴後、うちから持ってきたパジャマを着て、貸してもらった半纏を羽織って、再び外へ出た。そのとき、母屋の横に、柵のようなものがあることに気づいた。

好奇心から近づいてみると、それは両開きの柵づくりの木の門で、閉め合わせた上に鎖を絡めて、鍵のかかる錠前で留め付けてあった。

家に戻り、友人にあれは何か訊いてみたところ、あの奥に小さな神社があるが立ち入ることを両親に禁じられているのだという。

数年前、この家を購入したときには、打ち捨てられてすでに久しいようすだった。両親は、それを建て直すことも考えたのだが、お社に触ると、誰でも必ず怪我をしたので、修繕することも出来ないのだとか。

「父も母も怪我をして、最後に工事に来た工務店の人が入院するほどの重症を負って、それ以来、お父さんがあそこに近づけないようにしてしまったの」

でもね、と彼女は声をひそめて続けた。

「私は、何度も内緒で行ったことがあるんだ。明日、見に行く?」

是非もなかった。わくわくしながら床に就いた。 友人宅はみんな布団を敷いて寝る習慣で、私も客用の布団を友人の隣の壁ぎわに敷いてもらって、そこに横になった。



深夜まで、おしゃべりしていた。私は慣れない環境で神経が鎮まらず、先に友人が眠ってしまった。 天井を見上げると木目のある板張りで、敷き布団の横の壁は砂壁だった。

まるで時代劇の舞台か老舗旅館のようだ、と面白く思っていたが、やがて、壁の外を引っ掻くような音が気になりだした。 家の外壁を、木の棒か何かでカリカリと引っ掻いている。

私の布団のすぐ横の壁、この外に誰かいる――しかしここは二階なのだ。 鳥肌が立った、と、思ったら、今度は天井裏を何かがガタガタと音を立てて駆け抜けた。私は慌てて友人を起こし、今あったことを伝えた。 友人は寝ぼけ眼をこすって、微笑んだ。

「ムジナがいるんだって。タヌキより身軽で、屋根裏にも入り込むんだって。そうじゃなきゃイタチ。イタチは、台所で卵を盗むから性質が悪いんだよ」


「でも、ムジナが壁を登るかしら」


「イタチなら、登れるでしょう」

翌朝、友人のご両親の目を盗んで、私たちはさっそく例の門を乗り越えた。 幅一メートル弱の小路が、家の壁に沿って奥へ伸びていた。ところどころに廃材が積んであり、歩きづらかった。

小路を進むうち、やがて私は、この壁の上の方が、昨夜布団で寝ていたところの外側に当たるはずだと気がついた。見れば、その部分のみならず、壁一面に細かな爪の跡のようなものがびっしりと印されていた。

尖った爪を持つ小動物の仕業かと思えたが、イタチにしては手足が大きすぎるようだった。そう指摘すると、友人は

「じゃあ、ムジナ」

と応えた。 ムジナが壁を登るのだろうか。登るにしても、こんなに壁中を這いまわるものだろうか……。 小路は家と雑木林に挟まれていて薄暗く、朝だというのに気味が悪かった。

やがて、小路は家の角を回り込んだ。角を曲がってすぐのところに、半ば崩れた祠が、私たちの行く手を阻んで立ち塞がるように建っていた。

かつて鳥居だったものの残骸がそばにあったが、すでに赤い塗装も剥げて、よく見なければ何だかわからない。祠も、板壁は腐ってところどころ穴があき、緑青をつけた銅葺きの屋根も傾いていた。

すべて暗い色にくすんで腐っている中で、ただ、祠の中の瀬戸物の狐たちだけが輝くように白かった。 狐は十匹も在っただろうか。やたらと沢山並べてあった。友人は、これらの狐は元から置いてあったものだと説明した。 そして、

「じゃあ、行こうか」

と。 私は拝んでいかなくていいのだろうか、と、困惑しながら訴えた。 すると友人は

「ここは、拝んじゃいけないの」

と呟いて祠の方を向いた。じっと狐たちを見ている。

「拝んだら、家の中まで、ついてくるかもしれないから。前に拝んだとき、夜、布団の中で何かに脚を噛まれたの

そう言って、友人は裾をまくって片足の脛を見せた。 あらためて見せてもらわなくても、そこに傷痕があることは、体育や水泳の授業の折に目にしていたので知っていた。

紫色のケロイドが、尖り気味の弧を描いているのだ。掌の半分ほども長さがあって、変わった形の目立つ痕なので、気の毒に思っていた。 友人は怪我をしたときのことを思い出したらしくて、涙ぐんだ。

「凄く痛かった。小学生のときだけど、化膿して熱も出て、本当に大変だったんだから。そのとき、お母さんから言われたの。ムジナかイタチだと思いなさいって。

それから、本当は行くのも禁止だけど、もしもここに来ても、絶対に拝んじゃダメ、放っておくのがいちばんいいって」

彼女は、そんなことがあっても、傷が癒えると再び、祠を見てみたくなったのだという。

「なんとなく、たまに来たくなるのよ。うちの親には言わないでね」

その後、私たちは何食わぬ顔をして母屋に戻り、彼女の両親と一緒に朝食を食べた。

朝食後、ゆうべ寝た二階の友人の部屋へ行くと、壁の外から、またカリカリと鳴る音がしてきた。友人が、生真面目な表情で私に忠告した。

「こういうときは、壁を叩いちゃいけないのよ。叩くと、指を噛まれるから」

そう言えば、友人の利き手である右手の親指にも派手な傷痕があったことを私は思い出した。

(文/川奈まり子

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