【川奈まり子の実話系怪談コラム】ダンジョンの女【第二十九夜】
私と息子は、今までに何度か二人同時に不可思議なものを見たことがある。
あるときは走行中の電車の中を同じ方向に二度繰り返して走りぬけてゆく青年を目撃した(その間電車は停まっておらず、青年は車内を引き返してもいない)。
またあるときは、カラカラと空き缶を引き摺るような音を立て腐臭を漂わせつつ歩く手ぶらの男と一本道で擦れ違い、一瞬後に息子と同時に振り返ったらその男の姿が消えていた。
他にもあって、私と息子の間では、親子で同じ怪異に遭遇するのは珍しくもないことになっている。
しかし、これまで私たちのような体験をしている人、つまり親子同時に奇妙な出来事を経験しているという人には会ったことがなかったから、私と息子みたいなのはやはり滅多にないケースなのだろうと思っていた。
ところが、前回、樹海の話でご登場ねがった私の友人の藤田さんも、娘さんと一緒に奇妙な体験をしたことがあるそうだ。
藤田さんに勝手な親近感を覚えつつ、このたびは彼の談話を文章で再現したいと思う。
「上の娘が小1になった年のことだから、今から8年前のことです。 入学祝として、娘が前から行きたがっていた××××……に連れていったんですよ。
その日は初めから娘のエスコートに徹することにしていました。レディに接するようにして。ええ、初めての親子デートでした。
当然、娘は大喜びしましたよ。
女の子にとっては6、7歳って、大人扱いされたい年頃でしょう?
それに娘も××××のキャラクターは大好きでしたし……。
娘が嬉しそうにしてると、僕も嬉しくてたまらなくなって、彼女が乗りたがるアトラクションに全部つきあってたんです」
××××……は、東京都多摩市にある屋内型テーマパークだ。運営会社は可愛らしいキャラクターグッズを数々開発しており、多くのキャラクターの版権を有している。同社の製品は、ことに女の子に人気がある。
「最後にやったアトラクションは、ランプを持って薄暗いダンジョンに入り、所々に掲示されているナゾナゾを解きながら進んでいくというRPGゲーム風のものでした。
娘もよく知っているキャラクターがダンジョンの奥で囚われの身になっていて、助けに行くっていう設定なんです。
娘はそれをとても気に入ったようでした。
入り口でランプを受け取って、その明りをたよりに勇気をふるって探検に出発しました。僕も娘も勇者に成り切って、「○○○ちゃんを助けなきゃ!」なんて言いながら……。
ナゾナゾはどれも難しくなくて、小1の娘にも解ける程度のものでした。
だから達成感があるんですね。娘は嬉しくて嬉しくて、初めは少し怖がっていたのに、すぐに夢中になってぐんぐん先に進んでいきたがるようになりました。
そういうようすを見て、また僕は、この子も成長したなぁと感慨にふけって。 親バカですね。
ちなみに、娘たちは僕のことを「のっぽ」と呼ぶんです。僕も、娘たちとしゃべってるときは、自分のことを「のっぽ」って言います。今でもそうですよ」
そう言って藤田さんは相好を崩した。微笑ましいことこのうえない。
彼は細身で背が高く、飄々とした雰囲気があり、「のっぽ」という呼称はとてもよく似合う。
「やがて僕たちは、少し広い部屋に辿りつきました。
部屋の中央に巨大な羅針盤があり、出口が幾つか開いていたので、ここがゲームの分岐点なんだなと思いました。
すると、そのとき娘が「ねえ、のっぽ」と僕の腕を引っ張って屈ませて、耳もとに口を寄せてヒソヒソ囁きかけてきたんです」
「あのおねえちゃん気持ち悪いね」
「僕には、娘が言っているのがどの人のことかすぐわかりました。
だって僕も、その部屋に入ったときから、ヘンな女性がいることに気づいてましたからね。
真ん中にある大きな羅針盤に背中をもたれさせて、体育座りしてるんですよ。 服装や髪形は、これといった特徴のない、普通の女性です。
でも、目が死んだ魚の目で、無表情で、じぃっとして動かないんです。
それにランプを持っていませんでした。
このアトラクションには、入口で強制的に渡されますから、ランプが無ければ入れないはずなのに。
さらに、スタッフが彼女に注意をしないことも奇妙に感じました。
ええ。ダンジョンの中にも、テーマパークのスタッフが何人もいたんですよ。利用者の質問を受け付けるためと、監視や指導にあたるために各部屋に最低でも必ず1人は張りついてました。
その部屋にもスタッフはいました。ところが、この体育座りをしている女性には何も注意しないんです。
ランプを持っていないし、ゲームの設備にもたれて座ってるし、注意されてあたりまえなのに、スタッフはそっちを見ようともしないんだからヘンですよ。 だけど、その時点では、僕は、あれは頭がおかしい人なんだろうと思ってました。
だから娘には「見ちゃダメだよ」と言いました。「目を合わせちゃダメ」とか。 娘は言うことをきいてくれて、その女性を無視してゲームを続けました。
そしてダンジョンから脱出する頃には、あんな気持ちが悪い人のことはすっかり忘れているような感じでした。
もう、目をキラキラさせてね。
出た途端、「のっぽ、もう1回やろう!」と言うんですよ。
僕は付き合いました。すると、また「もう1回!」とせがまれて……。
結局、そのダンジョンを3周しました。
その度に羅針盤の部屋であのおかしな女を見ましたけれど、娘を怖がらせちゃいけないから、なるべく僕も気にしないようにしてたんですよ。
まあ、でも、3回も同じゲームをすると僕は飽きて、疲れてしまいました。
そこで4回目には、「のっぽは疲れちゃったから少し休むよ。頑張って1人で行っておいで。待ってるから」と1人で行くように娘を促したんです。
娘は喜び勇んでダンジョンに入っていきました。
僕は、またしても娘の成長ぶりを嬉しく思って、出口のところで待ってたんです。 そのときは、さっきまでのように目を輝かせて出てくるもんだとばかり……。 けれども、再び僕の前に現れたとき、娘は心なしか青ざめて、表情を曇らせていました」
「やっぱり、あのおねえちゃん気持ち悪いよ! 次は一緒に入って!」
「のっぽ、お願いって真剣な顔で僕にお願いするんですよ。
もうやらなくていいんじゃないって僕は言ったんですけど、あと1回だけだとせがまれて、一緒に入ることになりました。
正直、僕は気が進みませんでした。
そう、少し怖くなってきてたんです。だって、最初にあの女性を見てから何分経ったか……。二、三十分か、もしかするともっと時間が経ってるのに、未だにスタッフにどかされもせず、同じ場所に座ってるなんて、ねえ?
やがて僕は、娘と手をつないで、例の羅針盤のある部屋に入りました。
すると、またあの女性が、初めに見たときとまったく同じ姿勢、まるで同じ無表情で、座っていました。
僕は心底ゾッとして、娘に言いました」
「あれは、見ちゃいけない人だ」
「娘は、僕が怯えているのがわかったんじゃないかと思うんですよね。 だから怖かっただろうに、泣きもせず健気にこう応えてくれたんです」
「わかった。見ないようにする!」
「娘がそう宣言した直後のことです。
女は、スーッと姿が薄くなって、煙のように消えてしまいました」
「僕は咄嗟に「忍術だ!」と娘に言いました。「さては忍びの者だったんだな」とか「のっぽも忍者なんて初めて見たよ。凄いな!」とか言って誤魔化そうとしたんですけど、無理がありました。
娘は納得せず、とりあえずダンジョンを出て、園内でお茶して、これからどうしたいか訊ねたら、もうおうちに帰りたい、と。
でもまだ日が高かかったし、最後に怖いことがあって、そのまま真っ直ぐ帰るのも、なんだか悔しいじゃないですか?
そこで、テーマパークを出ると、近くのファミレスに入ったんですよ。 すると、テーブルの上に粗塩があった。
まあ、普通、フェミレスのテーブルには塩が置いてありますよね。
だけどそのときは天然の粗塩だったんです。珍しいでしょう?
これで清めろと言われたように感じました。そこで、それを手に取って……。 忍者だと言って誤魔化そうとしたばかりだったから矛盾してるんだけど、「100パーセント大丈夫になるおまじないだ!」と言って、娘に掛けたんですよ。 そうですよ。粗塩をね。娘にパァッと掛けちゃった。
そして、僕にも掛けさせました。親子で粗塩を掛けあったわけです。
「清めの塩だ! 悪霊退散!」って。
必死でした。悪いものを祓わなければって一念でしたよ。
それでも足りずに、「この店はこんなに混んでるから、誰かに憑いてくれるはずだ!」と娘に話したんだから、今思えば、ひどい父親ですよね。
でも何かそんなことでも言わないと、僕自身が怖くて怖くて……。
しかし、娘は強かったですよ。
不気味な女が目の前で掻き消えて、父親があれは忍者だと言ったかと思ったら、ファミレスにあったお塩で悪霊を祓ってくれるなんて、テーマパークでは経験できない本物の大冒険じゃないですか。
塩を掛け合ううちにワクワクしてきたようで、娘は家に帰るなり開口一番、僕の妻や自分の妹に自慢気に言ったものです」
「今日、あたし、のっぽと幽霊を見たのよ!」
そのテーマパークは今も営業を続けているが、藤田さんたちが怪しい女に遭ってしまったダンジョンのアトラクションはすでに無い。
但し、テーマパークを含めその界隈には幽霊目撃談が現在でも妙に多くて、インターネットの掲示板やSNSにはその種の噂話や体験談がいくつも書き込まれている。
そのあたりの土地を開発するにあたって小川や井戸など水脈を埋め立てたせいで障りが生じて怪異が現れているのだという意見もネットで見つけたが、そんなことを言ったらお台場あたりはどうなるのか。
霊に好まれる土地というのがあるのかもしれない。
霊に好かれる人も、いるのだと思う。
藤田さんは、その後もちょくちょく怖いものを見て今に至っているという。
(文/川奈まり子)