川奈まり子の実話系怪談コラム 分身【第三十六夜】

あなたは、ドッペルゲンガーに遭遇したことはありますか?

2016/03/02 19:00

sirabee0302kawana001

最初に彼女が現れたのは、某インターネット掲示板の中だった。

それまで私はその掲示板に興味がなかったが、あるときマネージャーが私の名前でスレッドが立っていると教えてくれた。

16年前のことで、当時私は現役のAV女優で、人気の浮き沈みを気にしていた。私はそのスレッドをチェックしては、投稿された書き込みに一喜一憂するようになった。


初めにマネージャーから知らせてもらってから3ヶ月ぐらい経ったある日、撮影から帰って、夜、パソコンを開き、いつものように私の名前のスレッドをつらつら眺めていたところ、こんな投稿を見つけた。


『5年前、川奈まり子と以前同じ職場で働いてた。新宿の紀伊国屋書店。地味な女で、目が暗かった』


その頃から5年前というと1995年頃である。

当時私は鎌倉に住み、地元の出版社で編集補助のアルバイトをしていた。

また、新宿の紀伊国屋書店で働いたことは、生まれてこの方一度もない。

――注目されたくて嘘をついたのだろう。

そのときはそう思ってあまり気にしなかった。一応マネージャーに報告したが、2、3日もすると、そんなコメントがあったことすら忘れてしまった。

それからしばらくして、マネージャーが、例の掲示板のスレッドにまたおかしなことが書かれていると電話で知らせてきた。


「昨日、まり子ねえさんと電車で隣に座ったって書いてあるんですけど、昨日は1日中、僕の車で移動してましたもんね。あのあと電車に乗りましたか?」

「乗るわけないじゃない。家に帰ったのは11時過ぎよ。すぐお風呂に入って寝たわよ」

「じゃあ、また嘘だな。ちなみにその電車ってのは銀座線で、赤坂見附で降りたって。……妙に具体的なんですよ。他にも、ロングブーツ履いてたとか黒い毛皮のスーツ着てたとか。ねえさん、黒いアストラカンのスーツ、持ってますよね?」


たしかに私は、この少し前に黒いアストラカン風のフェイクファーのスーツを買って、ときどき着ていた。

高価な品物ではないが、フランス製のノンブランドで、あまり見かけないデザインの服だ。輸入雑貨を中心に扱う小さなブティックで見つけて、衝動買いした。そのとき店主が、日本にあるのはこの一点だけかもしれないと言っていた。

商売上手な店主の出まかせだろうか。きっとそうだ。同じ服がたくさん出回っているのだろう。

ただの偶然だ。

――私は努めてそう思おうとした。


それから数日後、雑誌の依頼で対談をすることになった。

相手は私と同じAV女優で、お互い初対面のはずだった。

ところが、私が「はじめまして……」と挨拶しようとしたところ、彼女は引き攣った笑顔になり、可愛らしい仕草で、「ヤダ!」と私をぶつ真似をした。

「もう、川奈さんたら何言ってんですかぁ。一昨日、品川駅のそばでご挨拶させていただいたばっかりじゃないですかぁ!」

傍らにいたマネージャーが私を振り向いた。「そうなの?」

私は首を振った。「ううん。今日初めてお会いするのよ。一昨日は現場だったし……」


しかし彼女は「そんなはずはない」と言い張った。

「一昨日の3時頃ですよ。品川駅前の横断歩道を川奈さんが独りで歩いてたんです。それで、この対談のことがあるから、私がお引き留めして……。川奈さん、裾がシースルーになった変わったスカートを穿いてて、うわカッコイイって思って、どこで買ったんですかって訊いたら、麻布十番のエム・ロマンって言って、お店の場所まで教えてくれたじゃないですか」


全身の血が引いた。

その頃、私は麻布十番に住んでいて、エム・ロマンというブティックでよく買い物をしていた。

透き通ったシフォンの裾が付いたミディ丈のスカートも持っていた。

そう、あれはエム・ロマンで買ったのだ。

でも、その女は私じゃない。私であるわけがなかった。


私は、一昨日は早朝から深夜までAVの撮影のために東京から車で片道3時間もかかる地方にいたことを彼女に説明した。

しかし彼女は、しげしげと私の顔を見つめて怪訝そうにするばかりだった。


「だって、申し訳ないけど、同じお顔でしたよ」


それからも、年に3、4回の頻度で、2004年3月にAVを引退するまで似たようなことが起きた。

掲示板の私の名前のスレッドにも、私にしてみれば虚偽の、しかしやけに具体的な書き込みが、たまに投稿されつづけた。

なんとなく怖くなってきて、私は掲示板を見るのをやめてしまった。けれども、マネージャーがそういう書き込みを見つける都度、報告してくれるのだった。


『デビュー前の川奈まり子と付き合ってた。風俗嬢が出たりするCS局でADやってるって言ってた。その前は本屋。なんか職を転々としてるっぽかった。セックス中毒のメンへラ女だったからAVに行ったのは意外じゃない』


この投稿の「CS局」というのがヒントになり、私とマネージャーは、「私に外見がそっくりな女が、私の生活圏内に存在するらしい」という結論を下した。

なぜかというと、私はこれが投稿された頃、『まり子ビッチの穴』という看板番組を某CS放送局に持たせてもらっており、そこのスタッフたちからこんな話を聞かされていたのだ。


「3年ぐらい前まで、川奈さんとそっくりな人が居たんですよ。ホントに似てたよね?」

「ああ、そっくりだった! 化粧や髪型を同じにしたら、パッと見、区別つかないかも」

「大人しい人でしたよ。なんで辞めたのか、ちょっと忘れちゃったけど……」


その当時、『噂の真相』だったと思うが、ページの隅にちょっとしたゴシップ情報が載っている雑誌があって、そこに私の名前が登ったこともあった。

私が芸能人と付き合っているとか、プロレスラーと六本木で合コンしたとかいう噂だったが、そんな事実は無かった。

六本木の合コンについては、そのときの参加者の友人が私の知人男性で、彼は雑誌にその件が載ったことを知ると、すぐに電話を掛けてきた。


「あんまり変な集まりに出ない方がいいんじゃないですか。川奈さんから名刺を貰ったって自慢してましたよ。不用心すぎるでしょう。気をつけないと」


このことについては、さらに、例の掲示板にも投稿されていたらしい。いつものようにマネージャーから教えてもらったが、私は見る気もしなかった。

迷惑なこと甚だしい。

しかし、警察や裁判所へ訴え出るほど害が及んでいるわけでもない。

何者かが私の名を騙っていて、彼女と私は瓜二つなようだ。

整形で私に顔を似せたのだろうか?

欠点の多い顔だと思うのに、なんて物好きな……。


でも、この時点ではまだ、私をよく知る人が見れば、彼女と私を見分けられるはずだと思っていた。

大変よく似てはいるのだろう。だが、見比べたら明らかに異なっている。

その程度のものだろう、と。


2002年の12月初旬、引退を翌年の春に控えて忙しく飛び回っていた頃だった。 土曜日、私はマネージャーと新宿駅の丸ノ内線改札前で待ち合わせをした。

乗っていた京王線で人身事故があり、遅延した。そのせいで、約束の時刻である午後1時ちょうどにはギリギリ間に合わなそうだった。

京王線の改札がある西口方面から早歩きで急いだ。

京王線改札から丸ノ内線改札までは、3分かかるかどうか……。私がそこへ着いたのは1時5分過ぎぐらいだったのではないか。

丸の内線の改札のある地下通路は人通りが多かった。マネージャーは改札の前には居なかった。雑踏を見まわしてようやく見つけると、彼はどういうわけか新宿三丁目の方向へ通路を歩きかけていた。

大声で名前を呼んで振り向かせた。

マネージャーはこちらを向いて私の姿を認めた。すると、彼は途端に驚愕して、みるみるうちに蒼白になった。


「どうして……。今、僕の前を通り過ぎて行ったばっかりじゃありませんか!


マネージャーは12時55分に到着して私を待っていた。

すると、午後1時を少し過ぎて、西口方面から私がやってきたのだという。

そして彼の前を素通りして、地下通路の奥へ歩いていってしまった。


「場所を間違えてるのかなぁと思って、慌てて呼んだんです。聞こえてるはずなのに振り向いてくれないから、いったいどうしたんだと思って、追っ駆けようとしてたところでした。あれは間違いなく、まり子ねえさんでしたよ!」


デビュー以来、その時点で3年以上、毎日のように顔を合わせてきているマネージャーである。

私を見間違うわけががない。

しかし誤った。よくよく思い返してみると、通りすぎていった「私」は、今私が着ているのとは違う服を身につけていたようだとマネージャーは言った。

「でも、洋服のセンスはまり子ねえさんそのものなんですよ。背格好も顔も同じだし。 じゃあ、あれも違うのかなぁ。

こないだオフのとき、珍しくまり子ねえさんが遊びに来てるって事務所から電話を貰って、ねえさんが自分から来るって滅多にないし、何か僕に相談したいことでも出来たのかと思って、急いで駆けつけたんです。だけど、事務所に着いたら、今帰ったところだって。何にも悩んでるようすもなく、たまたま近くを通りかかったから立ち寄っただけだと言っていたと社長から聞かされて、なぁんだってなって……。

そんなふうに擦れ違いになったって話そうかと思ってたんですが、ここんとこ慌ただしかったじゃないですか? だからまだ言ってなかったんですけど……最近、事務所に顔、出しましたか?」


いいえ、と私は首を横に振った。

それは私ではない。


その後、2004年3月のAV引退前後から私の周囲の環境が激変し、また、非常に忙しくもなって、私そっくりな誰かについて気にかける余裕もなく何年か過ごした。

逐一報告してくれるマネージャーも、もう居なかった。

分身のような女の影は遠ざかり、やがて私は、もう終わったのだと思うようになった。

それが、小説家デビューした2011年頃からだろうか。

ポツリポツリと再び奇妙な出来事が起きるようになったのだった。


分身がらみの出来事のうちのひとつを、しばらく前に『タクシーの夜』という題名で書いた。

私が持っているのとよく似た手袋を嵌めて、姿かたちもそっくりな女が、あるタクシーに乗り、その翌日に私が同じタクシーに乗ったことから始まって、奇妙な体験をした。

しかし実は、類似のエピソードは他にも色々あるのだ。


つい先日も、最近利用するようになったネットスーパーの配達員からこんなことを言われた。


「さっき来るとき、このマンションのすぐ近くでお見かけしたから、お出掛けしちゃうのかな、どうしようって焦ったんですよ。

冷凍や冷蔵のも頼まれてたから、あ、マズイことになった、携帯にお電話しなきゃならないなと思いながら下に車を停めて、でも、ついいつもの癖で電話かける前に車を降りちゃって、だからダメもとで出入り口のインターフォン鳴らしたんです。

そしたらご在宅だったでしょ。良かったんですが、なんか不思議な感じです。あれは双子のごきょうだい?」


近くをうろつくばかりで、私の前には姿を現したことがない彼女。

いったい何者なのだろう。

あいつは、日に1、2度、多いときで4、5回かかってくる非通知の無言電話と関係があるのだろうか?

家に電話を掛け、私が居るか否かを確かめているのではないか。

留守のときに上がり込まれたらどうしよう。

ある日、帰宅したら、家で鉢合わせするのではないか。

そのとき追い払われるのは私の方かもしれない。

これは私の家、私の人生だ。

彼女に入れ替わられたくない。


おまえは誰だ。


(文/川奈まり子

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