広島カープの愛されベテラン・新井貴浩が引退 非難のFAから出戻り、優勝に貢献
広島東洋カープの新井貴浩内野手が今季限りでの現役引退を発表した。
プロ野球・広島東洋カープの新井貴浩内野手が5日、今季限りでの現役引退を発表した。プロ20年目の節目でバットを置く。
豪快なバッティングと天然キャラで幅広い層から愛された「平成のミスター赤ヘル」。2016年には黒田博樹氏とともに中心選手としてチームをけん引し、25年ぶりとなるリーグ優勝に貢献した。
■地道な努力でカープの4番に
新井は広島県出身の41歳。広島工業高校、駒澤大学を経て、1998年にドラフト6位で広島へ入団した。長打力に光るものを持ちながら技術の荒さが目立った若手時代は、「新井じゃなくて『粗い』やな」などとコーチらから揶揄された。
しかし、元来の真面目な性格もあり、地道な練習を重ねて順調に成長。山本浩二氏が監督(第2次政権)に就任した2001年には、三塁手としてほぼレギュラーに定着する。
2002年にはオールスターゲームにも出場。2003年からは、フリーエージェント(FA)で阪神タイガースへ移籍した金本知憲(現阪神監督)の後を継ぐ形で4番に座る機会も増えていった。
2005年には打撃力が完全に開花。初のシーズン打率3割越えをマークし、43本塁打でホームラン王にも輝く。数字だけでなく、勝負強さの光る印象的なバッティングでファンの心を捉えた。
明るい性格でチームのムードメイカーとしても知られており、ヒーローインタビューで垣間見える温和な性格や、本人の意図しないコミカルな動作などでも多くのファンから愛された。
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■「カープが好きだから」涙のFA
そんな新井は2007年オフ、FA権の行使を宣言する。記者会見では大粒の涙をこぼしながら「カープが大好きだから(この決断は)つらかったです」と話し、大きな話題となった。
なお、同年には当時エース投手だった黒田氏もFA移籍で渡米している。広島はエースと4番を同時に失い、1991年を最後に16年間(当時)優勝から遠ざかっていたチームは、さらなる苦境に立たされることとなった。
そして新井は、敬愛する金本を追いかける形で阪神タイガースへ移籍。広島時代から2人の固い師弟関係はよく知られており、広島ファンからは「金本と新井は裏切り者じゃ」などと非難された。
移籍当時はレギュラー選手としてそれなりの活躍を見せた新井だったが、次第に不振に陥っていってしまう。2010年にキャリアハイの.311という打率を残したが、これを最後に.250前後へと低迷。
出場試合数も激減した2014年オフ、阪神球団に自ら自由契約を申し入れ、了承された。