「天皇皇后両陛下お疲れ様でした」炎上に専門家が指摘 その解説に納得の声
モデルの山田優が自身のブログで「天皇皇后両陛下お疲れ様でした」と表記。ネットで批判の声が出ている…という報道内容に、日本語の専門家が言及。
■「お疲れ様」と「ご苦労様」の変遷
飯間氏によると、「お疲れ様」という言葉はもともと芸能人の間で階級抜きの挨拶として使われていたが、戦後に一般層に伝播したという。
「『ごきげんよう 挨拶ことばの起源と変遷』などによれば、「お疲れさま」はもともとは芸能人の間で階級抜きの挨拶として使われ、戦後に一般に伝播したようです。ただし、島崎藤村「破戒」には〈『おつかれ』(今晩は)〉という農村の挨拶があり、起源はけっこう古いらしい」
その一方で、「ご苦労様でした」という言葉もかつては目上の人に対し、使用されていたものの、20世紀末に「目上に『ご苦労さま』は失礼」という謎ルールが生まれたことを明かす。
「昔は、目上に対して「ご苦労さまでした」が普通に使われました。昭和天皇に対して三木首相(昭在位50年記念式典)や中曽根首相(在位60年記念式典)が「ご苦労さまで(ございま)した」と述べた例も報告されています。ところが、20世紀末に「目上に『ご苦労さま』は失礼」という謎ルールが生まれます」
そして、話は「お疲れ様」に戻り、「ご苦労様」に代わる言葉として、目上への挨拶の新スタンダードになったと説明。
「倉持益子さんの研究では、1990年代に「上司には『ご苦労さま』より『お疲れさま』がふさわしい」と言われるようになった模様。平成17(2005)年度の国語世論調査では、上司をねぎらう場合に7割近くが「お疲れさま」を選んでいます。「お疲れさまでした」は目上への挨拶の新スタンダードだったのです」
最後に、受け手次第で不快に感じる人がいることを認めつつも、「問題ない」「集中的に批判されるようなことではありません」と結論づけた。
「「ご苦労さまでした」にしろ「お疲れさまでした」にしろ、「俺は苦労も疲れもしとらん」「目下から言われたくない」と思う人は当然います。そういう人への配慮はあっていい。でも、一般的には、目上に「お疲れさまでした」と言ったとしても問題ない。集中的に批判されるようなことではありません」
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■ネット民の受け止め方も分かれる
この一連のツイートに対し、ネット民からは「言葉の正誤より気持ちが大事だと思う」などの声のほか、自身の「お疲れ様」「ご苦労様」観を述べる声が寄せられた。
「社会における言語活動では言葉遣いの正誤にかかわらず言葉に込められた気持ちのほうを大切にしていきたいですよね」
「その言葉を発した思いが大事なのに、何故理屈に拘るんでしょうね」
「以前勤務していたバイト先で『お疲れ様です』は忌み言葉なので『お元気様です』と言うよう指導されたことを思い出しました。ネット上でやり取りする場合は絵文字も絶対付ける決まりでした。すぐ辞めました」
「ご苦労様でしたは、上役に使わない、といいますね。お疲れ様でした、は企業文化の中でもいいとされていた気がします」
「私は学生にモノを教える仕事をしていますが、学生から『お疲れ様です』と言われると違和感があり、その旨表明します。私の感覚では、『お疲れ様』はたとえば働く(働いた)者同士、といった対等性の上で許される言葉だと思うのです。…学生に安易に労われたくないです」
飯間氏の解説に納得する人がいる一方、後輩や目下の人から「お疲れ様」と言われることに、どうしても違和感を覚えてしまう人もいるようだ。
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■3分の1が「ご苦労様」に違和感
ちなみに、しらべぇ編集部では以前、全国20代〜60代の有職者男女639名に「ご苦労様です」という言葉に関しての調査を実施。その結果、「違和感がある」「おかしいと思う」と回答した「否定派」は32.8%だった。
飯間氏によると、20世紀末に意識の変化が起こったとされる「ご苦労様です」だが、「使っても問題ない」と考えている人は過半数を占めていることがわかる。
言葉の用法、意味は移り変わっていくもの。だからこそ、その奥に込められたものを感じ取る、心の芳醇さも必要ではないか。
なお、山田は「天皇皇后両陛下 お疲れ様でした」の文言ののち、「ありがとうございました。。。 皆様、平成最後の夜、、、素敵な夜をお過ごし下さいませ」と綴っている。
(編集部注:現上皇ご夫妻の意)
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(文/しらべぇ編集部・Sirabee編集部)
対象:全国20代~60代の有職者639名(有効回答数)