右派ポピュリスト・ミレイ氏の大統領就任でアルゼンチンはどうなる? 「過激主張」で支持集める
【舛添要一『国際政治の表と裏』】「アルゼンチンのトランプ」とも呼ばれるミレイ氏が大統領選に勝利。インフレの悪化は止められるか。
アルゼンチンでは、11月19日に大統領選の決戦投票が行われた。右派でリバタリアン(自由至上主義者)のハビエル・ミレイ下院議員が、与党連合の中道左派セルヒオ・マサ経済相に勝利した。得票は、ミレイが56%、マサが44%であった。
【関連記事】舛添要一氏連載『国際政治の表と裏』、前回の記事を読む
■ミレイの主張
ミレイは過激な右派の経済学者であり、2年前に政界に進出した。政界のアウトサイダーであり、この53歳の変わり者が一気にトップになってしまった。その主張は、中央銀行を廃止し、法定通貨をドルにする、銃の所持や臓器売買や麻薬を合法化する、人工妊娠中絶に反対するなど、過激である。「アルゼンチンのトランプ」と呼ばれているが、トランプはミレイの当選を大歓迎した。
アルゼンチンでは、景気は低迷し、通貨安でインフレは年率で140%超とひどく、国民の4割は貧困にあえいでいる。国民は不満を募らせ、とにかく、政治を変えなければ、何も動かないと思う大衆が、何かやってのけそうなミレイを当選させたのである。
エクアドルやエルサルバドルが法定通貨にドルを採用しているが、ブラジルに次ぎ南米第二の経済大国であるアルゼンチンとは国の規模が違う。必要なドル貨幣を確保できるかも問題であり、実際に実行に移すのは容易ではない。
関連記事:大地震に襲われたモロッコ、旧宗主国フランスからの支援を「拒否」し続ける背景
■モンペルラン協会
私は、若い頃、フリードリッヒ・ハイエクら自由主義経済学者たちが1947年に創設したモンペルラン協会(MPS)に所属していたことがあり、ハイエクやミルトン・フリードマンと交流した。二人ともノーベル経済学賞の受賞者である。MPSは、社会主義や計画経済に反対し、「小さな政府」を目指す集団である。
ハイエクは著書『貨幣発行自由化論』(1976年)で、貨幣の発行の独占権を政府・中央銀行から取り上げ、民間の競争に委ねるべきだと主張している。中央銀行が貨幣発行権を独占すると、インフレを起こしてしまうので、民間に競争させると価値の減っていく通貨は人々から選ばれなくなり、通貨の価値が安定するとする。
インフレに悩むアルゼンチンの現状を見て、ミレイは、このハイエクの主張こそが通貨を安定させ、物価を安定させると確信しているようである。私は、MPSの中では、中央銀行廃止論についてはハイエクの主張には賛同しなかった。中央銀行の果たすべき役割が無視できないからである。
徹底して「小さな政府」を求め、政府の裁量的な財政政策に反対するフリードマンは『政府からの自由』(1984年)という本を書いているが、ミレイは、5匹の飼い犬たちにフリードマンら尊敬する経済学者の名前をつけている。
関連記事:経費膨張、建設遅れ… 日本国民の税金を使う「大阪万博」の決定的な問題点
■「ペロニスモ」
外交については、ミレイは、現政権の親中路線から親米路線に切り替える。今の政権は、習近平が主導する「一帯一路」にも参加しているが、ミレイは「共産主義者とは取引しない」と述べている。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの「BRICS」は8月に、参加国の拡大を目指し、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの6カ国が新規参加することを決めた。しかし、ミレイは、これに参加しないという。
1946年に労働者に支援されて大統領に当選したフアン・ドミンゴ・ペロンは、軍と労働組合を基盤に支持を拡大し、経済成長を遂げた。その手法は、元祖ポピュリスムであり、労働者保護をうたう左派ポピュリストとして人気を博した。その人気は妻のエバ(エビータ)のおかげでもあった。彼女のことは映画やミュージカルの『エビータ』で有名である。
しかし、ペロンは1955年にクーデターで追放された。その後、軍政が続くが、国民の待望論に乗って、1973年に大統領選で勝利した。しかし、翌年急死し、夫人のイサベル(エバは1952年に33歳で死亡、後妻)が後を継いだ。
この左翼ポピュリズムをペロニスモと呼ぶが、その伝統は今も続き、現政権もそうである。それに真っ向から反対したミレイは右翼のポピュリストである。
選挙戦では、チェーンソーを手に、「ばらまきの福祉をカットする」と演説し、喝采を浴びた。ミレイの当選に対して、株価は20%も上昇した。当選後の演説では、中央銀行の廃止や通貨のドル化は言わなかった。意外と現実主義者かもしれないが、議会では自らの率いる会派「自由前進(LLA)」は少数であり、今後の議会運営も容易ではない。
ミレイに率いられるアルゼンチンはどうなるのだろうか。
関連記事:ウクライナ侵攻「苦戦」はプーチンの大誤算? 想定される諜報機関の機能不全
■執筆者プロフィール
Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「アルゼンチン次期大統領」をテーマにお届けしました。
・合わせて読みたい→ウクライナ侵攻「苦戦」はプーチンの大誤算? 想定される諜報機関の機能不全
(文/舛添要一)