【舛添要一連載】「歴代最年少」「同性愛者」のアタル氏を新首相に任命、マクロン仏政権立て直しなるか

【国際政治の表と裏】フランスの新首相に歴代最年少、同性愛者のアタル氏が任命され、マクロン政権に追い風が。

2024/01/14 06:30


マクロン大統領

1月8日、フランスのエリザベット・ボルヌ首相が辞任した。後任はガブリエル・アタル国民教育相(34)で、第5共和制で最年少の首相で同性愛者である。

マクロン大統領(写真)は、多くの難題の解決のために政権運営に苦労してきた。今年はヨーロッパ議会選挙やパリ五輪が行われるため、政権の立て直しを図る決意で内閣改造を行ったのである。

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■フランスは大統領と首相がいる制度

アメリカは大統領制、日本やイギリスは議院内閣制であり、行政権は、前者は大統領、後者は首相が担う。ところが、フランスでは大統領も首相も存在する。

国家元首で行政のトップは大統領で、国民の直接選挙によって選ばれる。首相は大統領によって任命される。国民議会の議員も国民が直接選挙で選ぶが、大統領と敵対する勢力が多数派を得た場合には、問題が生じる。

大統領が自分の会派の議員を首相に任命すると、議会で不信任されてしまう。そこで、嫌でも議会の多数派の代表を首相にせねばならない。たとえば、大統領は左翼、首相は右翼という組み合わせになることがある。ミッテラン大統領・シラク首相という例がそうで、これを「コアビタシオン(保革共存)」と呼ぶ。


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■憲法第49条3項

今の国民議会は、定数577議席で与党は250議席で過半数に達していない。野党が327議席である。そこで、法案ごとに野党の会派にも協力を呼びかけて何とか多数派を形成するという不安定な政権運営を余儀なくされてきた。

議会の多数派を獲得できないときには、「政府の責任をかけて」、採決なしで法案を成立させる奇手がある。憲法第49条の3項である。24時間以内に不信任動議が可決されない限り、票決なしに採決されたと見なすことができる規定である。野党は不信任動議を出すが、もし可決されれば内閣は解散となるので、リスクは大きい。

しかし、安定した多数派与党を持たない政権は、この手にすがるしかなく、ボルヌ首相の下で、この手法を23回も使っている。


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■年金と移民

昨年3月には、年金の受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる法案を巡って、抗議デモがフランス全土で激化し、政府は49条3項を使って法案を成立させた。

日本では定年退職後も働きたい人が多いが、フランスは逆で一日も早く退職して年金生活に入りたいという人が多い。だから、その時期を2年も遅らせるということに猛反発したのである。国の財政という観点からは、政府の改革案は妥当なのだが、フランス的生活様式に固執する国民は多い。

12月には、不法移民の規制を強化する法案が成立した。フランスでは、移民は労働力として不可欠であるが、犯罪やテロの発生源となっている面もある。そのため、移民排斥運動が起こり、極右の「国民連合(RN)」が勢力を伸ばしている。移民排斥をうたう極右の伸張は、他のヨーロッパ諸国でも同じである。

そこで、マクロン政権は、犯罪を犯した外国人を迅速に国外追放できるようにするなどの規制強化法案を提出したのである。この法案は、移民に寛容な左派からも、規制が生ぬるいとする右派からも批判されたが、採決では、極右の「国民連合」が一転した賛成に回ったために成立した。

このような政治状況のために、マクロン大統領の求心力が低下したのである。


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■アタルとは?

1980年代〜1990年代のミッテランやシラクの時代にコアビタシオンが可能だったのは、フランスの政界が右翼と左翼という二つの大きなブロックで対立していたからである。

ところが、今の国会は、右も左も中道も、多数の政党が分立している。したがって、野党の代表を決めることが不可能なのである。しかも、マクロンは中道である。コアビタシオンという手は無理なのである。

そこで、49条3項という手段を何度も使わざるをえなかったのである。

若いアタル新首相の下で、マクロン政権のイメージはアップするのか。アタルは、私もフランス留学中にお世話になったパリの名門校「政治学院(Sciences Po)」の出身のエリートである。父親はユダヤ人で、反ユダヤ主義者や同性愛嫌悪者からいじめられた体験がある。

そこで、アタルは国民教育大臣として、学校でのいじめを撲滅したり、一部のイスラム教徒の女性が着用して全身を覆う「アバヤ」を学校では禁止したりして、国民の人気を博した。政治家の中で、人気はナンバーワンである。そこで、マクロンが抜擢したのである。ただ、同性愛者という点では、保守層の中には反発する有権者も出てこよう。

首相官邸での首相交代セレモニーでのアタルの演説をテレビ中継で聴いたが、自信に満ちた決意を表明し、好感の持てるものであった。直後の支持率は53%であった。その勢いを維持して、困難な改革を実行できるのかどうか、注視したい。


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■執筆者プロフィール

舛添要一

Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。

今週は、「フランスの新首相」をテーマにお届けしました。

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(文/舛添要一

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