知っている人はわずか3% 日本で初めてCMソングを流した商品とは
CMソングとして多くの人の記憶に刻まれている名曲は数しれない。
誰しも何度も耳にしているうちに自然と口ずさんでしまっている曲があるのではないだろうか。
■日本初のCMソングとは?
Sirabee編集部が全国の10代〜60代の男女700名を対象に実施した調査では、全体で3.1%の人が「日本初のCMソングはどの商品のものだったか知っている」と回答した。
なお男女別に見ると、男性は4.7%、女性は1.2%という結果になっている。
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■聴いただけで映像が浮かぶ定番曲
日々たくさんのCMが流れ、それぞれにキャッチーな曲が採用されている。短時間で一気に注目を集める目的で作られているだけあって、刷り込まれたように記憶に残っている曲がある人も多いのではないだろうか。
例えば、日立グループの「この木なんの木」や「富士サファリパークCMソング」、日本香堂の「青雲のうた」などのような企業による定番の曲は聴いただけでCMの映像まで頭に浮かんでくるという人もいるかもしれない。
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■CMとともに記憶に残る名曲も
また、アルペンのCMソングに使用された「ロマンスの神様」や、明治安田生命のCMで心温まる家族写真の映像とともに流された小田和正の「言葉にできない」、ゼクシィのCMを優しく彩った福山雅治の「家族になろうよ」などの名曲たちは、CMとセットで記憶に残っているという人もいるだろう。
このように数々のCMソングが多くの人の記憶に刻まれてきたわけだが、その歴史は1951年に遡る。ラジオ放送の中で流れた小西六写真工業(現・コニカミノルタ)の「ボクはアマチュアカメラマン」が日本初のCMソングだと言われている。
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■日本初のCMソングはカメラマンの失敗談?
歌うのは、ハワイアンやヨーデル、流行歌などで第二次世界大戦前後に一世を風靡した歌手の灰田勝彦さん。社名や商品名は一切登場せず、「ピンボケ」「写真ができたら首がない」「二重撮り」など、デジカメが主流の今となっては懐かしい失敗談に思わず笑いが溢れる。
楽しい歌詞に灰田さんの明るい歌声がピッタリ合っていて、当時聴いていた人もラジオから流れるCMソングに思わず引き込まれたのではないだろうか。
視聴者の意識を引き付け、印象に残すために大きなインパクトが求められるCMソング。今から73年も昔に放送されたこの歌もしっかりとその役割を果たしていたようだ。
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(取材・文/Sirabee 編集部・蒼羽 結)
対象:全国10代~60代男女700名 (有効回答数)