左利きの私が感じる飲食店の「利き手」問題 箸から見える店員の細やかで頼もしい気配り
【松尾貴史「酒場のよもやま話 酔眼自在」】「左利き」から見た、箸置きのあれこれ、飲食店での微細な配慮とは…。
私は左利きだ。居酒屋でも小料理屋でも、箸置きがあるような店では、ほぼ間違いなく右利きを前提とした箸の置き方になっている。もちろん、それでストレスを感じたことは一切ないのだけれども、すでに馴染みになっている店の方は「あ、ごめんなさい、左利きでしたね!」と慌ててしまうこともある。お店としては、確率が高い方に揃えればいいと思うので、何ということもない。
昔は、自分でそっと左利きシフトに箸置きを置き直していたが、最近では右利き仕様の配置のままで過ごすことが多くなった。
■原田芳雄さんから教えてもらった「内田百閒方式」
当時健在だった原田芳雄さんと、彼の自宅(私たちは「居酒屋原田」と呼んでいた)で飲んでいるときに、利き手の話になった。
「内田百閒は聞き手と反対向きに端を置いていたんだ。そのほうが、上から箸を掴んだらそのまま先が下を向くから持ち変える手間がいらない」
なるほど、右利き用に箸置きが左側、つまり箸の太いほうが右に来るように置かれていると、左手で掴むと右手を添えて持ち替えなくともすぐに使えるようになるではないか。ありがたい、これはいいことを教えてもらったとは思ったが、長年の習慣で、いつも箸置きの位置を左利き用に変えてしまっていた。
京都祇園の、お茶屋の女子衆(当時)に「ご飯食べ(食事)、連れておくれやす」と言われて、一度だけ「ご飯食べ」に行ったのだが、そのとき私がつい癖で左利き仕様の配置にしたら、その女性が「いやあ、仏さんのお供えみたいな向きに箸置かんといておくれやす」と言う。海外への留学経験もあるのに、なんと狭いことを言うのかと驚いたが、それはこちらの都合、不快に感じる人もいるのかと得心して、なるべくは内田百閒方式を採用し、近年ようやく板についてきたと言うことだ。
関連記事:二宮和也が松本人志・小栗旬を抑え1位に… ランキング結果に「うれしいー」
■飲食店で経験した職人の気配り
焼き鳥を食べに行くと、カウンター内から、次々と焼き上がった串を、持つ側を客側に向けて置いてくれるのを食べるスタイルが多いけれど、一本一本取り皿に置いてくれる店もある。そのときに、私が左手で串を持って食べているのを見て、2本目からは持ち手を左に向けて置いてくれる奇特な店員さんもいる。そういう時は、「この人は将来大物になるのだろう」と勝手な妄想を抱くことになる。
寿司店の場合にも似たようなことが起きる。握り寿司を食べる時、やはりカウンター内から握られた寿司が、それぞれの客の前の皿や下駄状の台に置かれる。その時、客の側から見て、左上から右下に延びる斜線に乗せるように、握り寿司が斜めに置かれることが多い。もちろん、右手で寿司を掴んで食べる人が多いからそうなっているのだが、私がひとつ目の寿司を持つ時左手を使ったら、やはり二つ目は対角線逆向きにおいてくれる寿司職人も結構な割合でいる。
中には、握りに入る前に左手で箸を持っているのを見て、一つ目の握りからその形にしてくれることもある。そういう時は毎度「頼もしいなあ」と感じ、一人ほくそ笑むことになる。