ロシアとウクライナの「仲介役」トルコ なぜ同国はEU加盟が認められないのか?
【舛添要一『国際政治の表と裏』】ロシアとウクライナの間に入り、大きな役割を果たしてきたトルコ。同国の狙いはEUへの加盟だが…。
5月28日の大統領選決選投票で、エルドアン大統領が再選された。エルドアンは、2002年に首相に、2014年には大統領に就任し、20年にわたってトルコに君臨してきた。
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■「仲介役」トルコ
エルドアン政権は、ロシアとウクライナ双方と緊密な関係を維持しており、これまでも停戦の仲介やウクライナ産の穀物輸出の枠組み作りなどで、国連と共に大きな役割を果たしてきた。
5月18日に期限のウクライナ産穀物の国会からの輸出をめぐる合意を、「さらに2ヶ月間延長することが決まった」とエルドアンは、前日の17日に発表した。仲介役健在である。
7月8日には、エルドアンはゼレンスキー大統領と会談し、「ウクライナはNATO加盟に値する」と述べた。
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■スウェーデンのNATO加盟問題
2023年3月30日、トルコ議会がフィンランドのNATO加盟を承認し、フィンランドは4月4日に正式に加盟した。一方、スウェーデンについては、エルドアンは、トルコの治安を乱しているクルド人武装組織をスウェーデンが匿っているとして加盟に反対してきた。ハンガリーも反対であった。
ところが、NATO首脳会議を翌日に控えた7月10日、リトアニアの首都ビリニュスでエルドアンは、スウェーデンのクリステション首相と会談し、スウェーデンのNATO加盟についてトルコ議会に諮ると明言した。これまでの慎重姿勢を転換したもので、スウェーデンの加盟へ大きく前進した。ハンガリーも同調するものと思われる。
しかし、その直前には、エルドアンは、スウェーデンのNATO加盟を認める条件として、長年に渡って棚上げされたままのトルコのEU加盟を認めることを挙げている。実は、これこそがエルドアンの本音である。では、なぜ、トルコは、かねてから手を挙げているのにEU加盟が認められないのか。
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■EU加盟の条件
EUには、現在27カ国が加盟している。ECの原加盟国が独仏伊・ベルギー・オランダ・ルクセンブルクであり、その後、イギリス、アイルランド、デンマークなどが加盟したが、2020年1月31日にはイギリスが離脱している。
EU条約では、EUに加盟するためには、(1)地理的要件として、ヨーロッパの国であることが求められる。次に、(2)政治的・法的要件として、法治国家、民主主義、基本的人権、少数派の保護を保障する安定した制度があることである。
これに反して、たとえば国内の少数民族を差別するようなことがあれば要件を満たさない。ウクライナが、ロシア系住民を差別扱いするようであれば資格はない。また、ロシアと同じように汚職が蔓延する今のウクライナはこの点でも失格である。
さらに、(3)経済的要件として、市場機能が機能していること、及びEUの単一市場や競争力に対応していけることである。そして、(4)EU法の総体系を受け入れる必要がある。
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■加盟には時間がかかる
トルコは、1987年にEUの前身であるECに加盟を正式に申請し、2005年に交渉が開始されたが、まだ認められれていない。その理由は人権問題で要件を満たしていないということであるが、背景には国民のほとんどがイスラム教徒であるという宗教の問題がある。圧倒的にキリスト教徒の多いヨーロッパは、トルコのEU加盟によって、イスラム過激派が流入することを恐れているのである。
クロアチアは、2003年に加盟申請を行い、2013年に正式に加盟した。実に10年もかかっている。モンテネグロは2008年に加盟を申請し、2012年に交渉が始まったが、まだ検討すべき議題全体の10分の1しか進んでいない。
EUは、昨年6月23日に、ウクライナとモルドヴァを「加盟候補国」として認定した。ウクライナ戦争でロシアと対抗する国に対しての政治的配慮だと思われる。しかし、ウクライナは、上記の加盟要件を満たすことができるのであろうか。
NATOへの新規加盟は、現メンバー国の全会一致で決まるが、EUへの加盟は条件が厳しい。政治的配慮を優先させて、加盟要件を十分に満たしていない国を迎え入れれば、結局はEUの単一市場、共通通貨が機能しなくなってしまう。戦争中にもかかわらず、政府高官の収賄が平気で行われている今のウクライナが加盟すれば、EU全体が機能不全に陥ってしまう危険性が高まる。
侵略された国への同情心は美しいが、それとEU加盟要件の厳格な適応は別の話である。
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■執筆者プロフィール
Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「トルコのEU加盟」をテーマにお届けしました。
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(文/舛添要一)