川奈まり子の実話系怪談コラム 洒落にならない怖い私【第一夜】
川奈まり子氏による「実話系怪談」連載。
私は自分に霊感があるとは思わず、どちらかというと幽霊などは信じない現実主義者だ。それなのに、怪異の方から寄ってくるようで、子供の頃から、理屈に合わない奇妙な体験をすることが多かった。
でも、自分で怖い話を書いてみようとは思わなかった。気が変わったのは、去年、女性の知り合いが「また」亡くなったからだ。これで何人目になるか数えてみて、ひどく恐ろしくなった。
そして私は、怖さを紛らわすために怪談話を書きはじめたのだった。あれから暫く経ち、この夏、初のホラー小説集を上梓することが出来て、こうしてコラム連載のお話も頂戴した。
怪談系のコラムは初めてだ。だからまずは、この、怖い話を書きはじめたきっかけについて書こうと思う。
私はここ4、5年は作家として収入を得てきたが、10年前までAV女優だった。桃井望さんに出逢ったのは、2001年頃だったろうか。私はAVの共演者にすぎなかったけれど、その前に私の現在の夫で当時は同棲相手だった溜池ゴローが桃井さんの主演作を監督していたので、スタジオで彼女と初めて会うと自然にその話題になり、短時間のうちに親しくなった。
翌2002年、桃井望さんは殺害され、長野県内の河川敷で、刃物で刺された上に灯油をかけて焼かれた無残な姿で発見された。
次は林由美香さん。彼女とは2000年頃から私の引退間際まで、10回以上も共演し、業界内のパーティーやイベントなどで顔を合わせる機会も多かった。しかし、林さんも2005年に自宅で亡くなっているのが見つかった。死因は公表されていない。
その次は、冴島奈緒さん。彼女とも共演したことがきっかけで、たまたま家が近所同士だったせいもあり、親しくなった。一時はお互いの家を行き来するほどだったが、私がAVを引退した頃から少しずつ疎遠になっていった。彼女の訃報に触れたのは2年前だ。癌を患い、闘病生活を送っていたという。冴島さんは私と同世代だった。
このとき初めて、私はこれまでに亡くなった桃井さんや林さんについても思いを巡らせ、皆まだ死ぬような年ではないということに気がついた。全員、20代や30代だ。若すぎる。
また、記憶を浚ってみて、亡くなったAV女優がまだ他にもいることにも思い至った。名前を失念してしまったが共演したことのある企画系の女優さんが2人。事情も時期も別々だが、どちらもビルから飛び降りて自殺したそうだ。
AV女優時代に同じ事務所の後輩だったある女優も、死んでいるかもしれない。彼女は引退後に六本木で風俗店の経営を任されていたが、そこで事件が起きて警察沙汰になり、その後、行方不明になっている。事件にはヤクザが絡んでおり、ネット掲示板には彼女は消されたのだという噂が書かれていた。
――いくらなんでも多すぎやしないか?ザワザワと鳥肌が立ったが、まだ、冴島さんが亡くなったこの時は、ただの偶然だろうと思って済ませたのだった。
ところが、去年、2013年、三鷹女子高生ストーカー殺人事件が起きた。報じられた被害者の顔と名前を見て驚いた。殺された女性とも、私は、数年前に『冷たい部屋』という自主制作映画で共演していたのだ。当時、彼女はまだ小学校の5、6年生だったと思う。
「また?」と私は思った。私の周りでは、若い女性が早死にしすぎる。これで7人目。偶然だと思うのが難しい。でも、偶然だとしか考えられない。わけがわからなくて、怖い。体の中に黒くて冷たい澱がたまっていくような気がして、ある日とうとう、いてもたってもいられなくなり、私はこの恐怖を形にしてしまおうと思い立った。小説にしてしまえ、と。
禊ぎのような、供養をするような、そんなつもりもあって私はパソコンのキーボードを打ちはじめた――そのとき。
「もういいの?」
耳もとで女の声が囁いた。振り向いても誰もいなかった。気がつくと、全身が氷のように冷たい汗でびっしょりと濡れていた。
このコラムでは本当のことしか書かない。桃井望さん、林由美香さん、冴島奈緒さん、それから作品のジャンルは全く違うけれどストーカー殺人事件の被害者女性、それぞれと私が共演している映像というのは、今でも見ることが可能だ。どれも名前などをインターネットで検索すれば、事実を検証できると思う。
だからといって何かオカルト的な現象を証明できるものではなく、頭のまともな大人なら、私が共演した女性たちがたまたま何人か亡くなっただけだと考えるべきなのだろう。ただ、私はあの声を聞いてしまったから、偶然ではないような気がしている。
――昔、アメリカに「腸チフスのメアリー」と呼ばれた女がいた。彼女はチフス菌の保菌者で、彼女自身は発病せずに菌をまきちらし、結果的に多くの人を罹患させ、一部は死に至らしめた。私は、あのメアリーのようなものなのかもしれない。とりついているのはチフス菌ではなく、若い女を死へと誘う何かだ。
「もういいの?」という優しげな囁きが、今も耳の奥でこだましている。あの声……。私の声にそっくりだった。何が「もういい」んだろう?
もう殺し足りたか?という意味なのか。
この怖さは洒落にならない。何しろ、自分自身からは逃げようがないのだから。誰かを殺さないために私はこれからも怖い話を書きつづけるべきだと、半ば本気で信じている。
でも、書くことに効き目があるかどうかはまだわからないのだ。
(文/川奈まり子)
(文/しらべぇ編集部・Sirabee編集部)