「蔵を作り、酒を造り、酒屋に戻る」 焼けた蔵を前に『加賀の井』蔵元が誓った挑戦
2015年の「糸魚川大火」で蔵を全焼した『加賀の井』。その後の挑戦に迫る。
2016年12月22日昼前、年の瀬も押し迫った糸魚川の商店街で火の手が上がった。
すぐに鎮火と思われたが、消火の難しい密集地と折からの強風、さらに飛び火して瞬く間に広がる。消火まで30時間を費やし、住宅や店舗147棟が被災する大火となってしまった。
被災した中には、360年以上の歴史を紡いできた酒蔵、加賀の井酒造もあった。酒蔵は火災後も歩みを止めず、再開へと歩き出す。2018年2月には新蔵完成の予定だ。
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■被害総額は4億円以上
酒好きならずとも気になる「加賀の井」の酒。加賀の井酒造蔵元・小林大祐さんは、「手元に1本も残っていないんですよ」と申し訳なさそうに言った。
「先日、とあるイベントに持ってきてくれた人がいて、久しぶりに見たのですが、タイミング悪く、私も飲めなかったんです」。さすがに残念そうだ。
『加賀の井』を飲んでみたい、飲んで応援したいという声は多方から聞こえてくる。駅から近い商店街で、コツコツと手造りを続けてきた同社の酒は、地元にも愛され、なかなか広く行き渡るものでもなかった。そして、火災に見舞われる。
町の中心部である本町通り商店街にあり、火元からは離れていた加賀の井酒造もその火に巻き込まれた。
「年末で、販売も、造りも忙しい時期でした。火が近くに来たと聞いて、逃げるしかなかった」。江戸時代から残る土蔵一棟を残して消失。
被害総額4億円以上と言われる。焼け残った蔵にあった酒も熱でやられ、蔵にあった酒はほぼ全て失った。
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■『加賀の井』を届けることが酒屋の仕事
被災後に富山県の銀盤酒造で場を借りて醸した酒は、当然のことながら、あっという間に手を離れた。
被災前の酒も含め、古くからのファン、そして、飲んで応援するファンたちののどを潤し、一部は大事に取り置かれ、いつか歓びの酒、励ましの酒として、人々の前に差し出される、その日を待っているのだろう。
「でも、いいんです。お酒は飲んでくれる人たちのためのもの。私たちがやらなければならないのは、新しい酒を造って届ける、そのことなんですから。
今回の火災では、うちだけではなくて亡くなった人がいなかったのがせめてもの救い。とにかく酒を造って酒屋に戻りたい。今は酒屋ですらありませんから」
小林さんは、淡々と話してくれた。その言葉は、「前しか見ていない」、そう語っているようにも、自分に言い聞かせているようにも響いた。