お風呂といえば船だった? チコちゃんが「湯船」の秘密に迫る
『チコちゃんに叱られる』で湯船の意外な言葉の始まりに迫る。そのルーツは江戸時代の文化にあった。
14日に放送された『チコちゃんに叱られる!!』(NHK)で扱われたテーマ、「『浴槽』のことを 『湯船』というのはなぜ」に注目が集まっている
■「『湯船』という船があったから」
チコちゃんの気になる回答は「『湯船』という船があったから」という。そのルーツは江戸時代にまで遡るようだ。
「湯舟」は現在見ることはないが、文献として残っていると番組では紹介。江戸時代の船の図鑑である「和漢船用集」に描かれていた湯舟の全長はおよそ10m。現在の屋形船のような形をしており、中央の小屋にお風呂があった。
和漢船用集には、船の小屋からは湯気が漏れお風呂に入ろうとする裸の人も描かれていた。江戸時代は水道の整備が不十分だったため、自宅にお風呂があるのは上級武士だけだった。
そんな当時の庶民のために生まれたのが、「戸棚風呂」と呼ばれる蒸し風呂。しかし、いっぺんに多くの人入れないという欠点があった。
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■郊外の人を救う湯舟
そこで今の銭湯に近い浴槽のあるお風呂が出てきた。銭湯は都内近郊しかなかったため、郊外で暮らす人はなかなかいけないという問題が浮上した。
郊外の人が気軽にお風呂に入るための手段として新しく出てきたのが、船の上に浴槽を載せた移動式の銭湯「湯船」だった。
当時、地方から海産物や木材といった資材を運ぶために水路を利用することが多く、 街中には、運河や水路が張り巡らされていたようだ。その水路を利用して湯舟は様々な場所に駆け付けた。
そんな郊外の人たちからするとお風呂といえば湯舟だった。その名残でお風呂全般を湯舟と呼ぶようになったと紹介。