“プリゴジンの乱”を理解する基本用語「オリガルヒ」「シロヴィキ」「テロル」
【舛添要一『国際政治の表と裏』】プーチンは政敵を容赦なく粛清する。反乱を取り止めたプリゴジンに命の保証はない。
6月24日(土)の午後(日本時間)、ロシアの民間軍事会社ワグネルが「反乱」し、南部ロストフ州の軍事施設を占拠し、モスクワに進軍しているというニュースが入り、世界を震撼させた。私も、Sirabeeに緊急寄稿し、事件の背景、今後の展開などについて解説したが、プリゴジンは24時間後には急遽撤退を決めている。
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■プリゴジンの「反乱」、急遽「中止」に
ベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介で、流血の惨事を回避できたと言われているが、プーチン、ルカシェンコ、プリゴジンの間でどのような話し合いがあったかは不明である。
プリゴジンは、ベラルーシに亡命し、ワグネルの戦闘員は、ロシア軍と契約を結ぶか、ベラルーシに行くかは自由で、クレムリンとしては処罰の対象にはしないという。ベラルーシは、必要ならば、ワグネルの宿営地も提供する意向だ。
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■プリゴジンとは何者か
エフゲニー・プリゴジンは、62歳(1961年6月1日生まれ)のプーチン側近である。プーチンと同じレニングラード(現在はサンクトペテルブルク)出身のこの不良青年は犯罪を繰り返し、10年近く刑務所で服役したが、出所後に飲食ビジネスに乗り出し、成功する。
1997年には古い船を改装して水上レストランを開き、これがサンクトペテルブルクの一大名所となり、プーチン大統領は、2001年にはシラク仏大統領、2002年にはブッシュ米大統領をこのレストランに招いている。2003年には、プーチン大統領は、ここで自分の誕生日を祝い、プリゴジンは最高の料理で最大級にもてなし、「プーチンの料理人」と呼ばれるようになった。
また、「コンコルド」というケータリングサービスも始め、政府と契約を結んで、軍や学校給食などにも進出し、巨万の富を得た。こうして、プリゴジンは、新興財閥(オリガルヒ)の一員となったのである。
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■「オリガルヒ」とは?
では、オリガルヒとは、どのような人々を指すのだろうか。ソ連邦が解体し、エリツィン政権下で国営企業が民営化されたが、その過程で、エリツィン政権と癒着して富を蓄積した新興財閥を「オリガルヒ」と呼ぶ。彼らはテレビ局などのマスコミを所有し、政治的な影響力を行使し、国家財政を食い物にしていった。
巨万の富を蓄積したプリゴジンもまた、プーチン政権下でオリガルヒの一員にのし上がったのである。その過程で、プーチンとの親密な関係を使って、様々な不正を働いたようである。プーチン側も、プリゴジンを政治的に利用した。
プリゴジンは2014年に軍事会社ワグネルを立ち上げた。それはウクライナ東部のドンバス州で、ウクライナ政府軍と戦うロシア系住民の武装組織を支援する戦闘員を派遣するためである。ウクライナの内戦にロシア正規軍が介入するわけにはいかないので、貴重な戦力となった。その後、ワグネルは、中南米、アフリカ、シリアにも戦闘員を派遣した。
今のウクライナへの軍事侵攻に際しても、ワグネルがウクライナ軍と激しい戦闘を繰り返してきたことは周知の事実である。戦闘の現場にもプリゴジンが何度も足を運んでいる動画は世界中の人が観ている。プリゴジンは、SNSを使って、自らの主張を発信するのが得意であり、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長を呼び捨てにして批判するなど、軍幹部批判のトーンを高めていた。その挙げ句が、今回の「反乱」になったのである。
プリゴジンに対しては、軍をはじめ、体制のエリートである「シロヴィキ」の我慢も限界に達していた。
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■シロヴィキとは?
プーチンは政権に就いたときに、オリガルヒが傍若無人に利権を漁るのを苦々しく思っていた。その思いは、多くのロシア国民の思いと共通する。
プーチンはKGB出身で、政権に就く前には、KGBの後継機関であるFSB(連邦保安庁)の長官に任命されている。任命したのはエリツィンであるが、エリツィン政権下では、オリガルヒがセミヤー(ロシア語で「ファミリー」を意味する)と呼ばれる側近集団を作り、政権との癒着や腐敗が生じていた。その腐敗を追及されないために、エリツィンが動員したのがFSBなどの治安機関、情報機関、国防機関である。そのような機関に属する人々を「シロヴィキ」と呼ぶ。
FSB長官のプーチンは、エリツィンのスキャンダルをもみ消し、その功績をエリツィンに評価されて、首相、そして後継大統領となった。そして、政権の基盤すら脅かすオリガルヒを牽制するために、武力を行使する権限を持つシロヴィキを活用する。オリガルヒの腐敗を糺すために、プーチンはシロヴィキを動員してオリガルヒの財務状況を徹底的に調査し、脱税などを取り締まり、オリガルヒを逮捕していった。
プーチンは、大統領選で自分を支援したボリス・ベレゾフスキーがキングメーカー気取りの振る舞いをしたため、検察に不正を追及させた。ベレゾフスキーは2000年にイギリスに亡命し、2013年3月25日、亡命先のロンドンの自宅で「自殺」している。
また、石油会社「ユーコス」社のCEO、ミハイル・ホドルコフスキーを脱税などの容疑で2003年10月25日に逮捕し、シベリアの刑務所に収監した。その結果、ユーコスは破産し、国営石油会社「ロスネフチ」の手に渡った。
プーチンの指示で納税し、プーチンに忠誠を誓ったオリガルヒは弾圧しなかった。こうして、プーチンは資金面でも権力基盤を固めていく。
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■スターリン並みのテロル(大粛清)
プーチンは、政敵を容赦なく粛清する。手段を選ばない。かつての独裁者、スターリンと同じである(スターリンについては、拙著『スターリンの正体』参照)。
政権を批判する人物が、国内外で不審な死を遂げるような事件が相次いだ。たとえば、2006年10月には、『ノーヴァヤ・ガゼータ』紙の女性記者アンナ・ポリトコフスカヤが自宅アパートのエレベータ内で射殺された。翌月には元KGB・FSB職員のアレクサンドル・リトビネンコが、亡命先のイギリスで放射性物質ポロニウム210によって殺害された。二人とも、チェチェン紛争でプーチンを批判したからである。
今回のワグネル反乱事件に関して、プリゴジンが経営する食品企業「コンコルド」に対して税務調査が開始された。これがプーチンの手法であり、不正が見つかるのは必定である。プリゴジンの命の保証はない。
■執筆者プロフィール
Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「プリゴジンとプーチン」をテーマにお届けしました。
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(文/舛添要一)