大雪に襲われた関ヶ原、何かがおかしい… 「400年前の遭難者」が救出され話題に
例年以上の大雪に見舞われた岐阜県の関ヶ原。大雪の下から救出された「あの人物」に注目が集まっているのだ。
関ケ原町は、岐阜県・不破郡に属する町だが、この名を聞くとやはり多くの人が古戦場「関ヶ原」を連想するはず。つい先日、こちらの関ヶ原で「天下分け目の救出劇」とでも称すべき、壮大なドラマが展開されていたのをご存知だろうか。
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■あまりにシュールすぎる光景
注目を集めていたのは「関ヶ原の戦い」に関する記念館「岐阜関ケ原古戦場記念館」が、9日に投稿したツイート。
こちらの投稿は「先日の大雪のため、笹尾山に設置した『信長の野望 ・新生』の石田三成殿のパネルが遭難したという情報が寄せられました」という報告から始まり、「今日は穏やかな晴天となったため、治部殿の救出作戦決行します」と決意の言葉がつづられている。
添えられた写真を見ると、そこには大雪に押し潰されるような形で、後方に大きく傾いた三成の姿が。このあまりに不利な戦局に対し、同記念館は「治部殿が埋まっておいたわしい姿に…」と、悲しみの言葉を寄せていたのだ。
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■「三成くんってこういうキャラだよね」
三成といえば、言わずと知れた関ヶ原の戦いにおける「西軍」を率いた武将。関ヶ原は彼にとって、まさに「苦渋をなめた地」である。
そんな三成が420年の時を経て再び関ヶ原で危機に瀕している姿を受け、ツイッター上では「行けるようになるまで無事でいてほしい…」「笑ってはいけないけど、三成くんってこういうキャラだよね」「三献茶で温めてあげて!」といった具合に、歴史を愛好する人々から様々な意見が上がっていた。
その後、記念館の職員の努力もあって無事に三成は救出されたワケだが、果たしてなぜ三成はこのような事態に陥ったのか? そして現在はどのような姿になっているのか? 記者が「岐阜関ケ原古戦場記念館」を直撃したところ、なんとも「三成愛」を感じさせる回答が返ってきたのだ。