居酒屋で耳にするつき出し、お通しの違い オムライスをあてに飲んだ思い出
【松尾貴史「酒場のよもやま話 酔眼自在」】居酒屋で必ず耳にする「つき出し」「お通し」「先付け」の違いは…。
陽が傾くのを待って、居酒屋に入る。人数を告げて、席に案内され、飲み物の注文をするかしないかのどちらかのタイミングで「こん」とおかれる小鉢には、気の利いたものがこぢんまりと盛られている。つき出しか、お通しか。箸をつけてみようか、それともまずはビールを勢いよく飲んで喉を潤してからにしようか。
■四者の共通点
この「つき出し」と「お通し」の違いは何だろうか。少し高級な雰囲気の店では、「先付け」と呼ばれることもあるし、スナックやバーでは「チャーム」などという、ちょっとこそばゆい言い方をするところもある。
その四者はともに「注文もしていないのに、とりあえず出されるおつまみ」である。「呼び名が違うだけじゃないのか」と思っている人も多いのではないだろうか。確かに、地域によっても偏りがある。関西では「つき出し」、関東では「お通し」という傾向はあるようだ。
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■蕎麦屋の「つき出し」
「つき出し」の場合、本来は挨拶がわり、名刺がわりのようなもので、「うちはこんな風な味付けです」という意味合いが強い。だから、飲み物や第一弾の注文よりも先に出されることもある。客が座った途端に有無をも言わさず突き出すので、そのままの意味で「つき出し」なのだろう。
蕎麦屋では、ビールや日本酒など酒類を頼むと、天丼や親子丼に添えられるお新香が出されたり、少し気取った蕎麦屋なら前日残った蕎麦で作るのか、揚げそばに塩がまぶされて出されることもある。もう少し手が込むと、茹でた蕎麦を海苔で巻いて巻き寿司のような形で「蕎麦寿司」として提供されることもある。これも「つき出し」と思っていいのだろう。
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■「お通し」「先付け」の違い
「お通し」の場合は、「このお客さんの注文は承っている」という、店のスタッフ同士の合図の意味合いが強いという。「すでに、厨房へ注文をお通ししてある」ということから、「お通し」なのだ。お通しでなくとも、水やおしぼりを出すことで注文を通してあるという目印にしている店は、ランチ営業の飲食店でも見受けられる。
「先付け」は、少し格の高い、懐石料理の初っ端に出されるのでわかりやすい。初めの方で出てくる向付けより先に出されるので、先付けだ。洋風にいえばオードブルに近いかもしれない。
酒を飲み始めた学生の頃は、「頼んでもないものが有無をも言わさず出てきて、これでも何百円か取られるんやなあ、いややなあ」などと思った頃もあった。もちろん、経済的な事情から大衆的なチェーン居酒屋にしか行くことはなかったので、そこで出される、よく言えばビビッドでケミカルな色合いの、クラゲだか海藻だか何だかわからない物が出て、最後まで箸をつけないことも少なからずあった。
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■大阪「たらふく」の思い出
大阪の天王寺駅の南側に、「たらふく」という居酒屋があった。料理自慢で、何を食べても美味かった思い出がある。大衆的な店ではあったけれど、個人店で、学生としてはハードルが高かったが、大阪芸術大学の映像学科の教授陣には、脚本家の依田義賢さんや撮影監督で黒沢映画の多くの作品に画期的な工夫を凝らしたことで世界的に功績が讃えられている宮川一夫さん、サントリーデザイン室で活躍されたイラストレーターの佐々木侃司さんらがおられ、「ほな第二研究室へ行きまひょか」の掛け声とともに、その呼び名にされてしまっていた実は「たらふく」へ学生をゾロゾロと引き連れ、映像作品についての議論を侃侃諤諤と繰り広げていた。
なぜか私はデザイン学科なのに、そこにいつも紛れ込んではご相伴に預かっていた。学生は、先生方の半分のお代で勘弁してもらっていたので随分と助かった。そして、なぜか私は刺身や天ぷらに目もくれず、オムライスをおつまみにして日本酒を飲むという、今の私からすれば考えられない飲み方をしていた。それだけ炭水化物を欲していたのだろうけれど、思い出すだけでも顔が熱くなる。
ともあれ、今ではその店の意識、やる気、センス、本気度を感じ取る重要な信号だと感じている。
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■著者プロフィール
Sirabeeでは、俳優、エッセイストの松尾貴史さんの連載コラム【松尾貴史「酒場のよもやま話 酔眼自在」】を公開しています。ワインなどのお酒に詳しい松尾さんが「酒場のあれこれ」について独自の視点で触れていく連載です。今回は居酒屋でよく耳にする「つき出し」「お通し」に関するコラムを掲載しました。
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(文/松尾貴史)