訓練に励んでいるはずの自衛隊が「訓練不足」になっている理由 元陸自幹部が語る内情
小銃携行の陸自隊員が行方不明になった一件や乱射事件など、注目が集まっている自衛隊。これらは「訓練不足」が原因のひとつだった?
昨今の自衛隊は訓練不足になっている。昨今の隊員が小銃を携行したまま行方不明になる事件や訓練中の事故等は、乱射や脱走防止の教育訓練の時間をとっていれば起こらなかったといっても過言ではない。
では、なぜ日夜訓練に励む自衛隊が訓練不足になっているのか、元陸自幹部の筆者が明らかにしていく。
■一部だけが満足する見かけ倒しの訓練
自衛隊の一部上級部隊(指揮系統で上の部隊)では、年間を通じて数多くの訓練が計画されている。これらの活動は、上級部隊の構想具現化の役割を果たしているが、同時に第一線部隊隊員の訓練時間の削減をもたらしている。
上級部隊が企画する訓練のため、優先事項が第一線部隊の訓練よりも高く、規模も大きいことから、訓練参加者(敵側含む)としてならまだしも、訓練を管理する側(勝ち負けの審判やご飯を作る炊事要員などの裏方仕事)として長期間拘束されることも多い。
第一線部隊や新人隊員の訓練機会が時間的にも人数的にも制約されているのが現状である。
結果的に上級部隊の訓練は規模が大きいため、訓練の成果は大きいものとされがちだが、それは企画した側の上級部隊の一部が満足するものであり、その代わりに第一線部隊の訓練機会を代償として払っているのは皮肉以外の何者でもないだろう。
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■点検のための点検、点検のための整備
また、自衛隊では装備や施設の整備も欠かせない業務である。訓練や作戦においては、安全性と機能性を確保するために、定期的な整備が必要不可欠である。その中でも整備や整理整頓状況を上級部隊が確認し、その得点で部隊の評価がされる点検もある。
部隊として評価されることを過度に気にする一部の部署は、上級部隊の点検よりもっと前に部署よる点検を設定する。
部隊としての点検に向けて数日かけて整備をし、点検後は上級部隊の点検まで現状維持するために装備等を極力使わせない風潮があり、これらが訓練に充てられるべき時間を奪ってしまっているのだ。
武器や装備が使えるようにする整備が点検のための整備となってしまっている現状である。
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■「何でも自己完結」に問題?
自衛隊は有事の際に戦い続ける能力を維持するために基本的に全てを自己完結させなければならないが、そんな彼らは演習場の草刈りや伐採も自らしなければならない。
訓練の効率化を図るため、自衛隊は「演習場定期整備」といい、定期的に広大な訓練場所の草刈り等をする。これは、第一線部隊の隊員をほぼ総動員し、数週間かけて草刈り、木の伐採等をしなければならない。
某師団内の陸曹隊員からも「我々が戦う場所は不整地なのに、なぜ草刈りをして綺麗にするのだろう」と疑問の声が上がっていたが、同じこと考えている隊員は少なくなかった。
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■訓練時間の確保を
日々の業務や行事に追われる中で、訓練に割ける時間が減少しているのは明らかである。自衛隊の任務は増加一方であるのに、募集対象年齢は減少していることからも分かる。
以前より、ロバート・D・エルドリッヂ氏が著書『人口減少と自衛隊』などで警鐘を鳴らしていた。そんな中でも訓練をして能力の維持向上をするためには、休みを返上するか、段階を踏まずに身の丈以上の訓練をするしかないのである。草刈りや整備の時間を返上するために。
訓練時間の不足を解消するだけで、乱射や脱走防止の訓練や教育をすることもできるので、より訓練時間を確保することが大切なのは間違いない。
技術や戦術の進化に迅速に対応するためにも、上の顔色ばかり見るのではなく、重視すべき事や削減、委託するべき事を適切に見極め、優先順位をつけて行く必要があるのではないだろうか。
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■執筆者プロフィール
安丸仁史(やすまるひとし):1994年福岡生まれ、福岡育ち。防衛大学校(人文・社会科学専攻)中退後、西南学院大学文学部外国語学科卒業。 2017年陸上自衛隊に幹部候補生として入隊。
職種は普通科で、小銃小隊長や迫撃砲小隊長、通訳などを務める。元レンジャー教官。自称お祭り系インスタグラマー。お祭りとパンクロックをこよなく愛する。
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(取材・文/Sirabee 編集部・安丸仁史)