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【コラム】May J.とは僕である May J.とはあなたである

コラム

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2015年が始まった。しかし、いまだに私は2014年12月31日の紅白歌合戦が頭から離れられない・・・。男女雇用機会均等法から30年近くになるというのに、日本では、男性対女性という単純な図式による骨肉の争いが昨年末も開催されてしまった。これが、痛い意味での見どころ満載で、トラウマ体験のようになっている。

SMAPはもちろんだが、TOKIO、V6、嵐、さらには関ジャニ∞ですら加齢が感じられたジャニーズ勢、やはりすっかり歳をとった五木ひろしに森進一、明らかに体調が悪そうな中森明菜、EXILE勢のヤンキー感、AKB48の「前田敦子と大島優子がいなくなったら庶民には誰もわからんわ」感など、見どころは満載だった。

しかし、私の心を掴んで離さなかったのは、May J.である。この発音も入力しづらい芸名もさることながら、紅白での冷遇っぷりは、歴史に残る陵辱プレイであった。

出てきたときの「誰、この人?ああ、アナ雪の」という感じ、カリスマ性のなさ、オリジナル曲ではない『アナ雪』の曲での登場、もともと映画での曲に関しても「なんで松たか子じゃないんだよ」と言われる屈辱、さらには海外からご本家登場という爆弾投下。松田聖子と隣り合う様子も画面にアップになったが、格差、いや格の差を感じた次第である。向こうは神田沙也加も出ていたしな。

当初、私はこの光景を面白がっていたが、だんだん、心がザラッとしてきた。意識高く、自分の人生を振り返って見て気づいた。May J.とは、私自身の生き写しではないか、と。

幼少期『ウルトラマン』や『仮面ライダー』やプロレスを観て、「強くなりたい」と思った。しかし、喧嘩ではいつもボコボコにされた。ウルトラマンにも仮面ライダーにも、藤波辰爾にもなれなかった。

高校時代、進学校でバンドをやった。下手くそだった。中学時代までは神童と言われていたが、勉強にもついていけずドロップアウトした。読書とヘビーメタルで乾いた心を癒やした。

大学時代、ゼミの仲間に圧倒された。みんな、秀才揃いだった。私は盟友中川淳一郎とやっていたプロレス研究会に居場所を求めた。みんな、大手企業に決まっていったが、私はリクルート事件で有名なダーティーな企業、リクルートしか内定がでなかった。今ではそれなりに大手企業だが、当時は、別に立派な就職先ではなかった。

会社員時代。仕事ができず、周りの皆に圧倒された。「新人が入ってきても、お前に教えられることはあるのか」と罵倒された。実際、何も教えられることはなかった。仲間たちが出世したり、起業して成功していく様子をじっと見ていた。

著者になっても、同世代の他の著者ほどは売れない。教え子に「常見先生の本、近所の書店になかったのですよぉ。売れているんですね」と言われるのが辛かった。売れているのではなく、置いていないのだ。ラジオに出る機会を頂いても、上手く話せない。

いつも冷や飯を食い、何もできず、まるで無力で、存在感のない私は、まるであの日のMay J.のようではないか!

つまり、May J.とは、僕である!

いや、同じような気持ちになった人は多いはずだ。日曜に『サザエさん』を観るとき以上に、辛い思いにならなかっただろうか。あの日のMay J.と自分を重ねて、辛くなった人はいないだろうか。

つまり、May J.とはあなたである!

私は最初、からかっていたが、だんだんMay J.のことを思い出すたびに共感し、辛くなったのだった。でも、あの日、逃げずにステージに立ち続けたMay J.に拍手したいと思う。そして、ありがとうと言いたい。

サラリーマンども!新春第1週で会社が嫌になってしまった人も多いだろう。分かるよ。でも、あの日、May J.が教えてくれた逃げない力、勇気、愛に感謝しよう。

紅白とは人材育成の場でもある。あの日、彼女はたくさん学んだはずさ。きっと、いつか、紅白のトリを飾る日がやってくる。

May J.とは僕である May J.とはあなたである

明日からまた生きるぞ!

(文/常見陽平

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