迫力を表す言葉「ド」「超」の使い方に混乱 厄介なのは…

コラム

2016/04/14 19:00

黒田勇樹

超おっぱい大好き、俳優/ハイパーメディアフリーターの黒田勇樹です。

このコラムは、子供の頃から芸能の世界で台本や台詞に触れ続け、今なお脚本家やライターとして「言葉」と向かい合っている筆者の視点から、様々な「言葉の成り立ち」について好き勝手に調べる「妄想的」な語源しらべぇです。

 

■混乱を招く「ド」

以前、「ド級のドは、ドレットノートのドだ」という「ドレミの歌」のような記事を書かせていただきました。

このように大きさや迫力を表す言葉は、「」「大(ダイ、オオ)」「超(チョウ)」などたくさんあります。最近では、メガやギガ、テラもその位置にいますが、同じ響きで他の言葉に使われることもあるので、時に混乱を招きます。

たとえば、「ドラえもん」。もしも今後「ラえもん」というキャラクターが一世を風靡して、「ドラえもん」が風化してしまったら、子供たちは「ドラえもん」という響きに対して「めっちゃすごいラえもん」という認識をしてしまう可能性があるということです。

さらに深刻な事態では、「お寺」と聞いて「おテラ」という「なんだかわからないけど、とてつもないもの」を想像する世代が現れる危険性があるということです。

 

■「ちょう」の使い方

蝶
TongRo Images/TongRo Images/Thinkstock

筆者がこの「迫力を表す言葉」で、最も心配しているのが「ちょう」。

「ちょうちょう」と書けば、「蝶々」のことですが、先ほどの理論を用いれば「超蝶」とも認識できるわけで。蝶々ならモンシロチョウですが、超蝶だったら、ほぼモスラの眷属(けんぞく)です。

「ちょうちょうはっし」は「丁々発止」、激しく切り合う様、転じて激論を交わす様を表す言葉ですが、もしも「超超発止」だったら、元々「激しい」が意味に含まれている言葉を「超えるぐらい激しい」ということになるので、とんでもなく激しいことになります。

めっちゃテンポの速いラップバトルをしているとでもいうのでしょうか。 「ちょうのうりょく」は、あ、そのまんまだ。

言葉に対しての認識は日々進化していて、それが顕著に現れるのが「迫力の単位」を表す言葉、なのではないかという考察でした。

(文/ハイパーメディアフリーター・黒田勇樹

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