黒柳徹子、有名女性雑誌の名付け親だった 50周年にお祝いコメントも

タレントの黒柳徹子が、有名雑誌の名付けに深く関わっていたと明かした。

黒柳徹子

タレントの黒柳徹子が4日にインスタグラムを更新。有名雑誌の名前付けに深く関わっていたと明かした。



 

■歴史ある雑誌『anan』

雑誌『anan』は、1970年に創刊され、今年で50年を迎える、歴史のある雑誌のひとつだ。黒柳自身も、過去に何度も掲載され、思い入れのある雑誌だとコメントする。ここで黒柳は、ananが創刊される前の過去を振り返り始めた。


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■ロンドンでパンダを見て…

50年前、黒柳は当時ロンドンにいたというパンダ『チチ』を見に行った。折しも、ロシアから『アンアン』という名前の雄パンダがロンドンへ。このアンアンを結婚させようと動物園は奮闘していたのだが、うまくいかず。

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「anan」創刊50週年、おめでとうございます。 雑誌を50年続けるのは、とっても大変なことだと思います。 私も、何度も出させていただきました。 創刊する50年前に、私は、ロンドンにいたパンダ「チチ」(本物のパンダを始めて)を見に行きました。 ちょうど、その時に、ロシアから「アンアン」というオスのパンダがロンドンに来ていて、結婚させようと動物園が頑張っていたけど、うまくいきませんでした。 日本に戻って、ご飯を食べながらこの話をしている時に、これから新しい雑誌を作ろうとしている人たちが、雑誌の名前は『anan』がいいんじゃない?という話になったのです。 だから、「anan」は、パンダのマークになったの💕 これからも、頑張ってください。

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こうした話を、帰国後に新しい雑誌を作ろうとしていた社員に話をしたところ、「雑誌の名前は『anan』がいいんじゃない?」とインスピレーションが生まれたのだと明かす。


■ファンも驚愕

ゆえに、今でも知られる『anan』はパンダのマークとなったのだ、と締めくくっている。著名な雑誌の名前が、大物芸能人のエピソードに由来する。こうした話を見たファンから「びっくりしました」といった反応があがっている。

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(文/しらべぇ編集部・しらべぇ編集部